文系30歳からデータ人材に。三井住友海上の精鋭データ組織を支える「ビジネストランスレーター」のキャリア

文系30歳からデータ人材に。三井住友海上の精鋭データ組織を支える「ビジネストランスレーター」のキャリア

「データ人材を目指す道はいま、より簡単になっている」。そう語るのは、三井住友海上火災保険株式会社でデータ分析を率いる、木田浩理さんです。意外にも木田さんがデータ分析を学び始めたのは30歳になってから。現在、第一線で活躍するデータサイエンティストに、必要なスキルや身に付け方について、ヴァリューズの後藤がお話しを聞きました。


30歳までは営業マンだった

後藤賢治(以下、後藤):今日は木田さんがデータビジネスに携わるようになるまでの道のりや、データサイエンティストに必要な能力などをお聞きできればと思っています。木田さんとはずっと一緒に仕事をしてきていますが、意外とキャリアのお話しをしたことはなかったですよね。

株式会社ヴァリューズ 取締役副社長 後藤賢治(ごとう・けんじ)
大阪大学 基礎工学部卒。(株)リクルートではECサイト責任者の経験を有し、(株)マクロミルでは元新規事業開発担当・執行役員を務める。現在はデータ分析&マーケティングコンサル事業を行う株式会社ヴァリューズで取締役副社長を務める。

木田浩理(以下、木田):確かにそうでしたね。まず、そもそも僕は文系出身で、データサイエンティスト寄りの理系人材ではないんです。キャリアとしても30歳まではずっと営業マンをしていました。そんな2009年頃に、今後10年でもっともセクシーな職業はデータサイエンティストである、などと言われ始めたんです。

三井住友海上火災保険株式会社 木田浩理(きだ・ひろまさ)さん
デジタル戦略部 デジタルビジネスチーム 課長
プリンシパル データサイエンティスト
慶應義塾大学総合政策学部/同大学院政策・メディア研究科出身。NTT東日本・SPSS/日本IBM・アマゾンジャパン・百貨店・通販企業等を経て2018年5月より現職。

木田:当時、僕は日本IBMで統計解析ソフトウェア「SPSS」の営業をしていました。でも営業マンなので、ソフトウェアの操作を覚える必要はなかった。しかしあるとき、データ分析のソリューションを自ら生み出さなければいけないプロジェクトに携わりました。そのために必死でSPSSの操作を学び、自分でプログラムを組みました。データの面白さに気づいたのはそのときです。

後藤:そうだったんですね。木田さんは昔からデータ分析が好きだったのかなと思っていました。

木田:いえ、全くでしたね。SPSSの営業をしていたときは分析の概念自体もよく分からなかったです。そこからの10年間で多様な業界を渡り歩きながら、勉強を続けることでデータ分析のスキルを身につけていきました。

ジョブ理論を知ってデータを見るのが重要

後藤:データ人材を考えるとき、例えば統計解析言語「R」のコードをきれいに書ける人じゃないとデータサイエンティストではないと言ってしまうと、かなり狭い世界ですよね。多くの企業がデータ分析者の確保を課題に抱えていますが、データサイエンティストはもっと広く捉えてもいいのかなと思っています。

木田:そうなんですよ。数学ができる、またはプログラムが書ける人がデータサイエンティストのイメージですが、本当は「データによって課題を解決する人」がデータサイエンティストだと思うんです。Rなどのプログラミングは手段に過ぎない。問題を発見してデータで解決できるか、そこが重要だと思います。

なぜかと言うと、データで課題を発見しても、それを現場に活用してもらうのが一番難しいからなんですよね。データ分析サイドと現場サイドには断絶があります。

後藤:そのお話しだと、木田さんは日本IBMから百貨店に転職されましたよね。客観的な印象では、百貨店の販売員の方がデータを使うイメージは浮かびづらいです。

木田:その通りです。現場は毎日お客さんの接客をしているので、データを見る暇はほぼありません。だからデータを使う理解をしてもらうことから始める必要がありました。そのために、僕は百貨店に入社してまず、婦人服売り場のエスカレーター横に一日立って、売り場観察をしたんです。

見えてきたのは、優秀な販売員は服を買うお客さんの購入用途を瞬時につかみ、適切な服をレコメンドしているという事実でした。例えばゆるふわ系のダウンコートを見ているお客さんがいたら、それは週末のデート用だろうと推測し、似合う服をおすすめしたり。

後藤:なるほど。

木田:そこで、お客さんがその服をなぜ買うのかという購買目的をデータで可視化すれば、販売員の方々も使ってくれるのではないかと考えました。実際にお客さんの買い回りパターンを分析し、可視化して販売員に見せると、共感を得ることができて。お客さんのニーズ、つまり「なぜ買うか」の理解につながったからだと思います。そしてこれは、ジョブ理論の考え方と一緒だとあとから気づいたんです。(編集部注:ジョブ理論=クレイトン・クリステンセンが提唱した、顧客が片付けるべきジョブに注目して消費のメカニズムを捉える理論。参考書籍『ジョブ理論』)

後藤:つまり「お客さんがその商品を買うことで解決したい課題」が明らかにできたから、ということですね。

木田:そうです。で、先ほどのデータ分析サイドと現場の乖離の話に戻ると、データサイエンティストはデータだけで考えようとしがちなんですね。ジョブ理論的に顧客が求めているもの、本質的なニーズをあまり考えない。

しかしフェイス・トゥ・フェイスで向き合う現場サイドでは、お客さんのニーズや思いを感覚的に理解しています。だからデータ分析サイドは、その感覚値をデータとして拾っていくことが大事だと思いますね。

後藤:確かにその通りですね。我々はデータを分析する仕事をしていますが、人が持つニーズとデータの間には距離があると思っています。最終的には人間が、データから人の姿を想像していますね。

木田:ただ、いわゆる外部DMPでまとめたようなデータは、その人の傾向や属性くらいしか分かりません。でもヴァリューズさんのデータは、生のログデータとして人の行動の積み重ねが理解できる。それをN1分析で時系列に追っていくと、ペルソナ像がどんなデータよりも描けるんです。そこが自分のマーケティング発想においてとても助けになっています。(編集部注:N1分析=1人の顧客を深く知ることでアイデアを掴み、マーケティング実践に落とし込む手法。西口一希さんの書籍『実践 顧客起点マーケティング』に詳しい。)

後藤:ありがたいですね。ここまでのお話しの要点としては、単なるデータという事実を見るだけではなく、その裏にあるお客さんが解決したいジョブを、マーケティングの知識やジョブ理論を使って想像すべきということでしょう。

木田:そうですね。やはりPOSデータ(Point of Salesデータの略。主に小売店のレジデータなど)だけを見ても、お客さんが解決したいジョブは分かりません。そのためにはマーケティングの発想でジャンプしなければいけなくて、橋渡しとなるのがジョブ理論です。だから若いメンバーには常にジョブ理論を理解すべきだと伝えていますね。

対談は三井住友海上火災保険が昨年4月に開設した「グローバルデジタルハブ・東京」で行われた。スタートアップとの協業によるオープンイノベーションの実践や、社員・代理店のデジタライゼーションに対する理解度向上の場として位置づけられている。

いまビジネストランスレーターが必要だ

後藤:データ分析と現場の断絶を解消するには、橋渡しをする旗振り役が必要です。それができる人が、これから必要なデータ人材なのではないかと思います。

木田:おっしゃる通りです。必ずしもデータサイエンティストである必要はないと思うんですね。データサイエンティストと現場をつなぐ人のことは最近、ビジネストランスレーターと言われていますが、いま多くの日本企業に求められています。僕が思うのは、文系出身の人でも、統計や分析ツールを触ってもらい、データの扱い方を学んでもらえれば、ビジネストランスレーターになれるということです。

最近では分析ツールに触れるのはより簡単になっています。例えばプログラミング不要でSQLを扱えるツール「nehan(ネハン)」や、GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)でPythonを扱えるツールなども出てきている。だからプログラミングを理解していなくても、データ人材への道を一歩踏み出すのは以前より手軽になっていると思います。

「マッキンゼーが2016年12月に出したレポート『THE AGE OF ANALYTICS: COMPETING IN A DATA-DRIVEN WORLD』では、2026年までに約200〜400万人ほどのビジネストランスレーターが足りていないと言われている」と木田さん。(資料内P5を参照)

後藤:データ分析人材を目指すような人にとっては、とても良い環境になってきていますよね。

木田:だから仮に数学が苦手だったとしても、その時点で諦める必要はないです。まずはデータに触るためのツールを使ってみる。するとだんだんデータに慣れていき、分析手法も覚えていけると思います。

ただ、決して忘れてはいけないのは、データサイエンティストを目指すからといって、マーケティングや経営学などの重要な学問を学ぶ努力を惜しんではいけないということです。ジョブ理論や3C分析なども、分析に活きてくることは極めて多い。

先日シリコンバレーに行ったんですが、向こうのデータ分析者はとても鋭いビジネス観点を持っていました。デザイン思考も理解しているから、データからビジネスへの飛び方がよく分かっています。最近、サイエンス・エンジニアリング・デザイン・アートの4つの領域を理解する人材が重要だとしばしば言われています。それぞれの頭文字を取って「SEDA人材」と呼ばれていますが、そんな人たちがシリコンバレーには多く、衝撃を受けました。

後藤:すごいですよね。自分自身を振り返ってみても、理解までにはかなりの時間がかかる気がします。

木田:僕は転職をたくさんしましたが、全て違う業界に行きました。だから転職する度にそれまで自分の持っていた視点とギャップがあって。その中で施策を考え、アウトプットし続けたことで、自分の枠が広がっていった感覚があります。そういう意味では、事業会社やマーケティング会社で常に実践し続けることがこの上ない学びになると思いますね。

先ほども言いましたが、これからはまさにビジネストランスレーターのような役割がとても重要になってくると思います。その一歩は今、かなりハードルが下がっている。自分自身が文系データサイエンティストなので苦労は分かりますが、あとは踏み出すかどうかだけだと個人的には考えています。今が30歳だろうが40歳だろうが、諦めなければたどり着けるはずですよ。

後藤:まさにそうだと思います。そんなところで、お時間が来てしまいました。これからも引き続き、木田さんのお力になれるよう頑張っていきますね。今日はありがとうございました。

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この記事のライター

マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。

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