こんにちは。パトリック・ショウです。マナミナでは、VRの中でも注目領域について寄稿形式で解説しています。シリーズ第1弾のテーマは昨今多くの主流メディアにも続々取り上げられている「メタバース」。
メタバース市場における主要プレイヤーとして、前編ではゲーム・映像系企業のEpic Games(エピック・ゲームズ)、Roblox(ロブロックス)、NVIDIA(エヌビディア)の3社をご紹介しました。
また、中編では、「ソーシャル」を支配しているSNSテックジャイアントのMeta(旧Facebook)とTencent(テンセント)を取り上げました。
メタバース連載の結びとなる今回は、メタバースの新しい経済・価値「エコシステム」を築こうとするブロックチェーン系の新興テック企業をご紹介します。ブロックチェーン系の新興プレイヤーでは、近年メタバースの雛形を持ったブロックチェーンを利用したソーシャルプラットフォームが多く誕生しています。詳しく見ていきましょう。
4. ブロックチェーン系企業×メタバース
■ディセントラランド(Decentraland)
タイトルでは「ブロックチェーン企業」と書いたものの、最初にご紹介するDecentralandは実は企業ではなく、イーサリアムのブロックチェーンを利用した分散型仮想ソーシャルプラットフォームです。
実際のところ、Decentralandは特定の運営企業がなく、自律分散型組織(DAO=Decentralized Autonomous Organization)のコミュニティガバナンスモデルを採用しています。Decentralandのルールや運営の方向性の取り決めは、コミュニティに参加するユーザーが集団投票によって行います。
Decentralandは2015年のプロトタイプ発表当初、デジタル不動産の所有権をブロックチェーン上のユーザーに割り当てるための概念実証プロジェクトとして始まり、2Dのピクセルグリッド形式でした。2016年末、土地区画に分割された3D仮想世界の開発が開始し、ワールドビューアーも実装され、Decentralandは3Dの世界への進化しました。2017年、Dencentralandは正式に設立されて、ICOで2400万ドルの調達を実現して一躍有名になりました。そして、2020年2月、今提供されているDecentralandのパブリックローンチが実現しました。
初期の2D、3DのDecentraland
Image Credit: Decentraland
Decentralandの経済エコシステムでは主に2種類のアセットがあります。
1つは、ERC20トークンとして発行・流通されている「MANA」です。これは、Decentralandでの通貨にあたる存在です。
ユーザーは MANAを使ってDecentralandでの土地、アバター、アイテムの購入や、ゲームやイベント等のエクスペリエンスの支払いができます。MANAを入手するには、ユーザーは法定通貨や他の仮想通貨で交換すること以外、Dencentralandにおける自分の仮想土地を運営したり、アイテムを制作し販売したり、質の高いエクスペリエンスを提供したりすることでMANAを稼ぐことができます。
また、MANAは供給量が固定されており、消費によって破棄される仕組みとなっているため、その価値をある程度で保持できます。MANAは2018年からずっと0.25ドル前後で上下していますが、2021年初のNFTブームとMeta社がもたらしたメタバース効果によって、2021年10月に史上最高値の4.33ドルに到達しました。
もう1つは、NFT(Non-fungible token)として発行される「LAND」です。Decentralandでの仮想土地にあたる存在です。
ユーザーはMANAを使ってLANDのオークションに参加し、仮想土地を自由に売買することができます。また、「MANA」と同じく「LAND」の区画上限が制限されており、その価値を安定させる役割を果たしています。
2017年当初、Dencentralandの仮想土地の1単位は20ドル程で販売していましたが、2021年5月時点では6,000~100,000ドル区間で取引されていました。これからのメタバースブームによって、さらに値上がりするのもおかしくないでしょう。
Decentralandの仮想土地区画のイメージ
Image Credit: Decentraland / maraoz
多くのメタバースと同様に、DecentralandもUGCによって世界が構築されます。また、ユーザーは所有する土地の上で自由に建物やオブジェクトを配置したり、独自の体験をプログラムすることでオリジナルのワールドを運営することができます。
Decentralandのワールド編集には2つのツールが用意されています。「The Builder」と呼ばれる公式の簡易エディターを通して、コーディングの必要がなく、デフォルトの素材を活用して、ビジュアル・直感的にワールドを作成できます。
また、「Decentraland SDK」を利用して、より高度なプログラミングとユーザーのオリジナル素材を利用して、より高い自由度で独自のワールドを作成できます。カスタマイズによって、バーチャル映画館やアートミュージアム、そしてカジノまで、ユーザーはDecentralandのワールド上で様々な体験を生み出せるだけでなく、それによって収益を上げ、ビジネスとして運営していくことも可能です。
例えば、公式がDecentralandでバーチャル音楽祭「Metaverse Festival」を開催し、多くのリアルのアーティストを招いて4日間にもわたるパフォーマンスを実施したり、Decentral Gamesが自分のバーチャルカジノをDecentralandで開業し、リアルの人間をカジノのスタッフとして雇用して仮想通貨で毎月の給料を支払ってビジネスを運営したりしていました。
また、ユーザーはワールドにNFTを埋め込むことができます。NFTで自分のワールドを飾ることができるだけでなく、NFTの露出度を高め、取引の確率を高めることも期待できます。
2021年6月、有名なオークションハウスのサザビーズは、Dencentralandでバーチャルギャラリーを設置し、NFTアートを展示・販売しました。
サザビーズがDecentralandで設置したバーチャルギャラリー
Image Credit: Decentraland
Decentralandは、ブロックチェーン系プレイヤーの中でも、活発的なコミュニティとオープンで分散型のガバナンス構造が特徴です。そのため、今まで紹介してきた数多くのメタバースプレイヤーにおいて、Decentalandは恐らく「オープンメタバース」の構想に一番近い存在と言っても過言ではないでしょう。
■ソムニウムスペース(Somnium Space)
最後にご紹介するSomnium Spaceは、ブロックチェーンをベースに構築されたバーチャルリアリティプラットフォームです。
Somnium SpaceはDAOではなく、同名の企業によって運営されていること以外、Decentralandと仕組み上似ているところが多いです。例えば、エコシステム面では、ERC20規格で発行されたトークン「Somnium CUBES」(または「CUBE」)は、Somnium Spaceでの通貨にあたる存在になります。ユーザーは、CUBEを使って仮想土地をはじめとするさまざまなデジタル資産をNFTとして購入し保有することが可能です。
また、Somniumn SpaceにおいてもUGCを支援・促進するように、誰でも簡単で直感的に使えるエディター「Somnium Builder」と編集自由度の高いSDKが提供されています。クリエイターはSomnimu Spaceで制作したコンテンツなどを販売したり、仮想土地を運営することで収益を稼げることができます。
Somnium Spaceのワールドマップの3Dビジュアライゼーション
Image Credit: Somnium Space
ここで同社を取り上げた理由は、没入型体験への注力です。
現在ブロックチェーンベースメタバースの初期製品の多くは2Dのウェブサイトしか対応しておらず、かつローポリゴンやボクセルによって世界を構築しているのに対して、Somnium Spaceはほぼすべての主流VRデバイスに対応しており、リアリスティック寄りの表現になっています。その世界には天候要素も存在しており、天気の違いによって影の動きや表示が変化します。
また、ブロックチェーン系企業の中でかなり独特な動きとして、Somnium SpaceのVRハードウェアへの投資があげられます。
例えば、Somnium Spaceは、高解像度VRヘッドセット「XTAL」の主要メーカーであるVRgineers社に戦略的投資を行いました。VRgineersと提携して、Somnium Spaceは独自のオールインワンのスタンドアロン型及びPC VRヘッドセットの開発を進めていることを明らかにしました。
最終仕様や製造・配送のスケジュール、価格などの詳細は2021年12月に発表される予定となっています。
そのほか、Somnium Space、VRにおける全身のトラッキングと触覚フィードバックを実現するVR用全身スーツを開発するTeslasuit社にも戦略的投資を行いました。両社は、メタバースにおける新しい感覚の研究開発を進めて、没入型メタバースの目的のために特別に作られた新しい共同製品ラインの可能性に関する分析と研究開発を行います。
また、Teslasuitは、Somnium Spaceのショッピングモール内に専用のVRストアをオープンし、新製品発表や消費者ミーティングなどに活用していくことを発表しました。
Somnium SpaceのVRgineers、Telasuitへの投資
Image Credit: Somnium Space
他のブロックチェーン系メタバースプレイヤーと比べて、Somnium Spaceは現時点においてはコミュニティの活発さ等で遅れを取っています。しかし一方、メタバースの重要構成要素の1つである「パーセプション」においては、Somnium Spaceは没入型体験への大胆なリソース投下によって、他のブロックチェーン系メタバースプレイヤーと異なる方向性を見せてくれました。
果たしてSomnium Spaceはメタバースの「理想的な姿」を実現してくれるのか、これからの数年間が楽しみです。
※レファレンス
1. Mark Zuckerberg - FOUNDER'S LETTER, 2021
https://www.facebook.com/4/posts/10114026953010521/
2. Connect 2021:メタバースに向けたビジョン
https://about.fb.com/ja/news/2021/10/connect-2021-our-vision-for-the-metaverse/
3. Tencent's Dreams: Investing in the Metaverse
https://www.notboring.co/p/tencents-dreams
4. Wikipedia - Tencent
https://en.wikipedia.org/wiki/Tencent
5. Wikipedia - Decentraland
https://en.wikipedia.org/wiki/Decentraland
6. Decentraland Whitepaper
https://decentraland.org/whitepaper.pdf
7. Welcome to Decentraland, where NFTs meet a virtual world
https://www.nbcnews.com/news/amp/rcna553
8. Somnium Space is building the Future of an Open & Immersive Metaverse
https://somniumspace.medium.com/somnium-space-is-building-the-future-of-an-open-immersive-metaverse-announces-new-investments-95c8ae1cb5a7
9. Somnium Space Economy Paper
https://somniumspace.com/files/Somnium Space Economy Paper.pdf
▼メタバースに関する連載記事はこちら
5G時代が本格的に到来し超高速の大容量通信が実現。新たなコミュニケーションの手段として 「XR(XReality:VR、AR、MRなどの総称)」への注目が高まっています。経営コンサルタントで上級VR技術者としてXRの市場調査や新規事業創成支援等の活動を行っているパトリック・ショウさんが、XRビジネスの今と未来を解説する連載企画がスタート。初回テーマは今後のテックトレンドとしてマーケターも見逃せない「メタバース」です。メタバースとはどんなもので、近年どのように進化しているのでしょうか。
経営コンサルタントで上級VR技術者としてXR(XReality:VR、AR、MRなどの総称)の市場調査や新規事業創成支援等の活動を行っているパトリック・ショウさんが、XRビジネスの今と未来を解説する連載企画。第2回は今後のテックトレンドとしてマーケターの注目度も高まっている「メタバース」に関して、おさえておきたい主要企業やプレイヤーを紹介していきます。
「Facebook」が社名を「Meta」に変更するなど、いまテックトレンドとして注目度が急速に高まっている「メタバース」。経営コンサルタントで上級VR技術者としてXR(XReality:VR、AR、MRなどの総称)の市場調査や新規事業創成支援等の活動を行っているパトリック・ショウさんが、XRビジネスの今と未来を解説するこちらの連載企画では、前回に続き、メタバース市場の主要企業やプレイヤーを紹介していきます。中編となる本稿では、Meta社をはじめとした、ソーシャル系企業とメタバースの方向性を探ります。
現在は外資系IT企業勤務。経営コンサルタントとしてXRビジネスの市場調査・市場開拓戦略支援・XRの新規事業の企画支援・ビジネスクリエーション・プロジェクトマネジメントなどを経験。VR技術者。Facebook Developer Circleメンバー。京都大学経済学部卒。