こんにちは。パトリック・ショウです。マナミナでは、VRの中でも注目領域について寄稿形式で解説しています。シリーズ第1弾のテーマは昨今多くの主流メディアにも続々取り上げられている「メタバース」です。
メタバース市場における主要プレイヤーとして、[前編]ではゲーム・映像系企業のEpic Games(エピック・ゲームズ)、Roblox(ロブロックス)、NVIDIA(エヌビディア)の3社をご紹介しましたが、中編となる今回は、「ソーシャル」を支配しているSNSテックジャイアントを見ていきましょう。
メタバースの構築に向けて、よりリッチコンテンツ化し、さらにAR/VRにも対応したSNSをリリースしたり、決済をはじめ独自の経済エコシステムを構築しようとする動きを見せており、要注目です。
▼メタバース市場における代表的な企業・プレイヤー(前編)はこちら
3. ソーシャル系企業×メタバース
■メタ(Meta, 旧Facebook)
ソーシャル系企業の中で最初にご紹介するのは「Meta」社です。
「Meta」という社名を聞くだけで、どこのスタートアップかと戸惑う人も少なくないと思いますが、実は同社はSNS時代を代表するほどのテックジャイアントです。その旧社名である「Facebook」で呼ぶと、多分この記事を読んでいる方の中で知らない人はいないでしょう。
「Facebook」や「Instagram」をはじめとするSNSアプリケーションで広く知られる、ソーシャルテック系企業の代表格であるMetaは、実はメタバースのパイオニアとしての顔も持っており、以前から同領域において布石を打ってきました。そして、2021年10月29日、同社は「Facebook」から「Meta」に改名し、メタバースの構築への注力を更に強化する方向性を市場に示しました。
新社名を発表するマークザッカーバーグ氏
Image Credit: Meta
メタバースの概念が今のように一般的に広がる以前に、Metaは既にAR/VRハードウェア開発に多くのリソースを投下してきたことはかなり有名な話です。AR/VRハードウェアを基点に、メタバース構築のパーセプション領域においても大きなプレゼンスを発揮しています。
2014年、まだプロトタイプしか持たない、VRデバイスを研究・開発するスタートアップのOculus社をMetaは20億ドルで買収しました。この買収は2010年代のVRブームを着火させたトリガーともみなされています。そして6年後の2020年、Meta社はコンシューマー向けスタンドアローン型VRデバイス「Quest 2」を発売しました。同機種はハードウェアとしての高い完成度を誇りながらも、従来数十万円もかからないと手に入れられないパーソナルVR体験を、3万円台までリーズナブルな価格帯に抑えることができました。その結果、2021年1Q時点で、Quest 2の累計出荷台数は460万台に到達。さらに、「Quest 2」の勢いに乗って2022年には、Metaはアイトラッキングやより小型軽量化光学系等を備えたハイエンドモデル「Project Cambria」も発売予定となっています。
また、MetaはVRだけでなく、ARのハードウェアについての研究開発も数年前から進めてきました。
例えば、2020年9月、Metaは「理想的なARデバイス」のための技術開発と実証を行うプロジェクト「Project Aria」を発表しました。この実験用のARデバイスは、同社が主導する現実世界を3Dマップ化する「LiveMaps」プロジェクトの構築に利用されると予想されています。
また、2021年9月にMetaはコンシューマ向け第1世代スマートグラス「Ray-Ban Stories」を発表しました。今のところ、唯一製品版としてリリースされたこのモデルは、音楽を聴き、電話を受け、内蔵のデュアルカメラ撮影してシェアすることしかできないのですが、最新の発表によると、Metaは既に「Project Nazare」という新たなデバイスの研究開発を進めており、このデバイスはARグラスで有名なHololensやMagic Leapのように、レンズ越しのディスプレイはもちろん、空間認識とトラッキング等が可能になります。
Reality LabsチーフサイエンティストのMichael Abrash氏が
AR/VRハードウェアについて語る
Image Credit: Meta oculus connect 5
VRヘッドセットやARグラス以外に、Meta社はXRにおけるインタラクションについても研究をし、同領域にけるハードウェアの開発を進めてきました。
その代表的なプロトタイプは、運動神経の電気信号を読み取るリストバンド型コントローラーです。このデバイスは電位(EMG)センサーを使って、手首から伝わる運動神経の電気信号を検知することで、仮想なキーボードをタイピングするほど、複雑で高い精度の入力を実現しようとしています。さらに、リストバンドへの触覚技術の導入も検討しており、空気圧や振動アクチュエーターを通して手首に圧力や振動を与えることで触覚フィードバックの実現に取り組んでいます。
EMGセンサーを搭載した腕輪型コントローラー
Image Credit: Meta
ハードウェア以外に、Meta社はメタバースの構築に向けたエクスペリエンスの開発にも注力しています。Metaは数年前からAR/VRエクスペリエンスを開発・提供している世界各地の優秀なスタジオに投資をしたり、買収したりしてきました。
例えば、VRフィットネスアプリを開発した企業のWithinや、400万本以上の販売本数を記録したリズムゲームを開発したBeat Games、Bigbox VR、Ready At Dawn Studios、Downpour Interactive等、Meteは彼らのコンテンツをラインナップに加えることで、メタバースのエクスペリエンスを充実させようとしています。
また、サードパーティだけでなく、Meta社は自前ブランドのエクスペリエンス開発にも力をいれています。その代表的なプロダクトとなるのは、「horizon」シリーズです。
「horizon」シリーズでは、メタバース上の「自宅」にあたる「horizon Home」をハブに、バーチャルライブイベントやスポーツ観戦等を楽しめる「horizon Venues」や、会議や発表会、コラボレーションワーク等のビジネスシーンに対応した「horizon Workrooms」、そしてユーザー同士が自由にオリジナルなワールドを創造・体験したり、ソーシャルアクティビティを展開できる「horizon Worlds」等のラインナップで構成されており、2021年11月現在は一部既にベータ版として公開されています。
horizonシリーズ
Image Credit: Meta
その他、メタバースの構築に必要不可欠であるUGC領域においても、Meta社は既に手を打っています。
例えば、前述した「horizon world」では、ユーザーが簡単に独自のワールドやエクスペリエンスを作成できるためのツールが用意されいます。また、Meta社はARエフェクトをプラットフォーム「Spark AR」を通して、ユーザーによるXRコンテンツクリエーションをサポートしています。
ユーザーは専用の編集ツール「Spark AR Studio」を利用すれば、Meta社が提供する無料の素材を活用したり、ビジュアルプログラミングで簡単にシーンを作成したり、FacebookやInstagram上で公開できたりします。現在、毎月7億人以上がSpark ARによるエフェクトを使用しており、数十万人にも及ぶクリエイターが独自のARエフェクトを作成しています。
さらに、ARコンテンツの制作・編集ハードルを更に下げるように、Meta社は「Polar」という新しいアプリケーションを2021年10月に発表しました。これを使うことで、アートやデザインやプログラミングの経験がない初心者のクリエイターでも、テンプレートを使って直感的に簡単にコンテンツクリエーションに参加できるようになります。
また、ツールの公開とほぼ同時期に、Metaはさらに1000万ドル規模のファンドを設立し、メタバース内のコンテンツなどを制作するクリエーター支援に利用されることが予定されています。
Spark AR Studio
Image Credit: Meta
メタバースの経済エコシステム構築においては、Metaは「シンプルで国境のないグローバルな通貨と金融インフラ」の実現に向けて、2019年に公表した独自暗号通貨「リブラ(Libra)」(現名称:ディエム=Diem)プロジェクトがその一つの布石としてみなされることが多いです。
同プロジェクトは法定通貨への脅威や金融レギュレーション等の問題により、公表以来何度も挫折、難航していましたが、最近、Diemプロジェクトで使用されるウォレット「Novi」が、米国の大部分の州でライセンスを取得したことが明らかとなり、Diemも米国でのローンチも間近であると噂をされています。
こうしてメタバースの構築に向けて、Meta社はハードウェアや経済エコシステム、メタバースにおけるエクスペリエンスの開発・提供に直接事業参入していると同時に、サードパーティの開発者やユーザーによるコンテンツクリエーションを支援にも力を入れています。
この度世界的に話題にもなったMetaへの社名変更は、Facebookが近年プライバシー侵害で高まるネガティブイメージを払拭するため、バズワードを利用したリブランディング戦略に過ぎないと懐疑的な意見も少なくありません。しかし、今までSFの作品の中でしか存在しなかった、リアルの未来において曖昧でイメージしにくくかったメタバースの具体的な形を、Metaは世の中に垣間見せました。これによって、世間のメタバースに対する認知度が確実にあがり、特に伝統的な産業・企業や、マジョリティ層の消費者にも確実にそのイメージを届けられたことは否めません。
FacebookはMetaに改名したことは何年後に振り返ってみると、時代が大きく動き出した一歩であったのではないかと筆者は考えています。
■テンセント(Tencent)
ソーシャル企業の中で次にご紹介するのは、中国の有名テックジャイアントである「テンセント」です。
同社のコア製品は「Wechat」というチャットアプリです。ただし、Wechatを単なるチャットアプリに分類するのはもはやできません。実際のところ、Wechatは10億にも及ぶ世界トップクラスのMAUを誇り、ユーザーがチャット機能以外に、タイムライン、デジタル決済機能等をほぼ毎日使っています。さらに、「Wechat」内の「ミニプログラム」により、ゲーム、ショッピング、ニュースの閲覧、ビジネス管理と商談等、WeChatエコシステム内で様々なエクスペリエンスを完結させることができます。
このようなスーパーアプリであるWechatは、ある程度メタバースの雛形をも匂わせており、一部の人に「2Dのメタバース」とも呼ばれています。
Wechatをはじめとするソーシャルサービス基盤によって、Tencentは莫大なトラフィックを握り、それに伴って莫大な資本も蓄積できました。これら資本を利用して、Tencentはさらに様々な業界・地域の企業に投資を行い、彼らの優秀な製品やサービスを自分のエコシステムに収めることで、さらなるトラフィックの獲得と維持を果たしています。
このようなポジティブフィードバックにより、Tencentは世界有数のテックジャイアントに成長できました。また、メタバース領域においても、Tencentは同じくこの資本運用とトラフィック獲得・維持のポジティブフィードバックで事業を拡張しています。
RobloxがTencentと提携して設立した中国法人"罗布乐思"
Image Credit: 罗布乐思
メタバースにおいて、Tencentの代表的な投資ポートフォリオは、第2回の記事でも紹介したメタバースの主要プレイヤーであるEpic GamesとRobloxです。
- Roboxでは、Tencentは1.5%の株式を保有しているだけでなく、Robloxと戦略的パートナーシップを形成し、Robloxの中国市場のローカルパブリッシャーという役割も果たしています。
- Epic Gamesでは、Tencentは2021年5月時点で40%の持株比率を維持しており、創業者兼CEOのTim Sweeneyに次ぐ2番目に大きな株主となっています。
また、上記メタバースの主要プレイヤー以外に、Tencentは以前からゲーム・映像系企業に積極的に投資をしてきました。
例えば、Tencentは世界的に有名なeスポーツタイトルを開発する「Riot Games」の株式を100%所有していたり、世界トップクラスのゲーム会社「Activision Blizzard」や「Ubisoft Entertainment」の株式をそれぞれ約5%を保有していたりしています。これらの投資は今後Tencentのメタバース事業構築において、パーセプション領域での価値発揮が可能であると期待されています。
Tencentが投資したSoulgateが開発・提供している次世代SNS
Image Credit: Soulgate
また、Tencentは自社のコアであるソーシャル領域に対しても多くの投資を行っています。その中にはメタバース事業の展開を目論んでいる企業が少なくありません。
例えば、Tencentが49.9%株式を保有している「Soulgate」は、「To build a "Soul"Cial Metaverse for Young Generations」を掲げて、Z世代から莫大な人気を収めた次世代SNS「Soul」を開発・運営しています。その他、Tencentはかの有名なSnapChatの株式も12%ほど保有していますが、同社も既にSNS企業の域を超えて、ARコンテンツクリエーションのPFからARハードウェアまで、AR-UGCのエコシステムを構築に向けて事業展開をしており、今後メタバース市場における有力プレイヤーとして見られています。
その他、Meta社ほど力を入れているわけではないですが、メタバース関連のハードウェアにも投資をしています。例えば、Tencentは傘下のベンチャーキャピタルを通して、ハンドトラッキング技術や超音波等を利用してVRでの触覚を再現する技術を開発しているUltraleapに5,000万ドル出資したり、関連会社経由してMRデバイスを開発しているNreal社に間接的に出資したりしました。
Tencent's Metaverse
Image Credit: Not boring
最後に、経済エコシステム面から見た場合、Tencentはメタバース構築においてかなりの優位に位置していることがわかります。前述したスーパーアプリWechatに実装されているデジタル決済機能である「Wechat pay」は、Alipayと合わせて中国のデジタル決済市場のシェアを9割近く占める2強に位置します。
現状中国ではリアル・バーチャル問わずに、現金やクレジットカードよりもデジタル決済の利用率が遥かに高いです。もしTencentがメタバースにおける経済エコシステムを構築することになったら、このデジタル決済のシステムは間違いなくその礎になるのでしょう。
メタバースの構築に向けて、Metaが表舞台に立てプレイヤーとして事業参入することに対して、今のところTencentはどちらかというと「陰の立役者」として、 メタバースの主要プレイヤーへの資本投下と、中国市場を開拓するための代理人として種まき・水やりを行っていることに近いと言えます。
しかし、実際のところ、Tencentの創設者兼CEOであるPony Ma氏は2020年にメタバースと似たコンセプトである「全真インターネット」を既に掲げており、それを構築しようとする意思を表明しました。恐らく、Tencentがいつメタバースの表舞台に立つことになってもおかしくないでしょう。これからのTencentの動きには要注目ですね。
※レファレンス
1. Mark Zuckerberg - FOUNDER'S LETTER, 2021
https://www.facebook.com/4/posts/10114026953010521/
2. Connect 2021:メタバースに向けたビジョン
https://about.fb.com/ja/news/2021/10/connect-2021-our-vision-for-the-metaverse/
3. Tencent's Dreams: Investing in the Metaverse
https://www.notboring.co/p/tencents-dreams
4. Wikipedia - Tencent
https://en.wikipedia.org/wiki/Tencent
5. Wikipedia - Decentraland
https://en.wikipedia.org/wiki/Decentraland
6. Decentraland Whitepaper
https://decentraland.org/whitepaper.pdf
7. Welcome to Decentraland, where NFTs meet a virtual world
https://www.nbcnews.com/news/amp/rcna553
8. Somnium Space is building the Future of an Open & Immersive Metaverse
https://somniumspace.medium.com/somnium-space-is-building-the-future-of-an-open-immersive-metaverse-announces-new-investments-95c8ae1cb5a7
9. Somnium Space Economy Paper
https://somniumspace.com/files/Somnium Space Economy Paper.pdf
▼メタバースに関する連載記事はこちら
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現在は外資系IT企業勤務。経営コンサルタントとしてXRビジネスの市場調査・市場開拓戦略支援・XRの新規事業の企画支援・ビジネスクリエーション・プロジェクトマネジメントなどを経験。VR技術者。Facebook Developer Circleメンバー。京都大学経済学部卒。