株式会社サイバーエージェント 専務執行役員 / 株式会社CyberZ 代表取締役社長
2006年サイバーエージェントに入社。2009年にスマートフォン広告子会社CyberZを設立し、代表取締役に就任。
2012年には当時最年少でサイバーエージェント取締役、2020年より専務執行役員に就任し、現在はエンタメテック事業を統括する。
良いものを作れば世界中で見てもらえるように
――まず、そもそもエンタメテックとはどのようなものか、教えてください。
サイバーエージェント 山内 隆裕氏(以下、山内):簡単に言うと、ネットの力で、アニメや映画、アーティストなどのIP(知的財産権)を大きく拡散していくことです。
例えばBTSの「Weverse(ウィバース)」を想像していただくとわかりやすいかもしれません。Weverseというアプリケーションを持つことによって、アーティストが世界中のファンとコミュニケーションをとれるようになりました。
――ネットによる拡散と、テレビなど従来のメディアによる拡散はどう違うのでしょう。
山内:大きく分けて2つの違いがあると考えます。
まず、コンテンツへの誘導のしやすさです。TwitterやTikTokなど多くの人が見ているソーシャルメディアに短尺で素材を流し、続きが気になる人をコンテンツへと誘導できます。
そして、お金のかけ方にも違いがあります。テレビなどの広告主体のビジネスモデルでは、どうしても視聴率を意識せざるを得ません。極端なことを言ってしまえば、いかに制作費を抑えながら視聴率を取るかというコンテンツの作り方になってしまうでしょう。
一方で課金モデルの場合は、ユーザーからの課金が入れば入るほど売り上げが伸びます。制作費をどれだけかけようとも伸びたほうがいいわけですから、よりハイクオリティで洗練されたものになっていくという見方ができると思います。
――今の状況をどのようにとらえていますか。
山内:一長一短といった印象でしょうか。チャンスとしては、良いものを作れば世界中で見てもらえるようになったことが挙げられます。グローバルヒットするようなものを作っても、どこに流せばいいかわからないといったことはなくなるでしょう。
同時に売り手市場になってきているとも考えられるため、コンテンツ制作費は徐々に上がっていくと考えています。
サイバーエージェントが力を入れるエンタメテック事業
――サイバーエージェント様はエンタメテックを強化事業としていると伺いました。事業について詳しくお話しいただけますか。
山内:これまで当社がインターネットサービスの提供で培ってきたノウハウや最新技術を活用することで、新たなエンターテイメント体験の創出を目指しています。クリエイティブと技術の力の掛け算によりケミストリーを起こすことで、広がりを作っていくことをコアな価値としています。
事業戦略は、コンテンツの“マネタイズ”と“クリエイション”に分けられます。
まずマネタイズにおいては、LDH JAPANとの合弁会社である株式会社CyberLDHが運営する「CL」は、LDHのコンテンツを体験できるデジタルコミュニケーションサービスで、ファンとLDHのアーティストが互いをより近くに感じることが可能です。
他にも音楽ライブやスポーツ・格闘技などの興行に対して、PPV配信や収益化支援を行ったり、アニメのIPに特化してグッズを作ったりしています。
マネタイズに関する今の課題を一つ挙げるとすれば、グローバル展開です。国内実績はおかげさまで増えてまいりましたが海外はこれからだと感じています。
――クリエイションのほうはどうでしょうか。コンテンツを作り上げてきた手法についてお聞かせください。
山内:「ABEMA」の運営などを通じてエンターテインメントに対する見識を深めてきました。また、2019年にCyberLDHを設立した際にも多くのことを学べたと思います。エンタメコンテンツを持つLDH JAPANとの合弁により、多くのノウハウを吸収してきました。
エンタメテック事業全体の話でいうと、やはり新しいことに挑戦する際には失敗がついてくるものです。一つひとつ改善を繰り返してきたからこそ、今があるのだと思います。
実績としては、少し前ですと「ABEMA」で生中継した「THE MATCH2022」があります。那須川天心選手と武尊選手の試合が国内のPPV史上記録に残るような興行にすることが出来ました。
また、サイバーエージェントにグループ参画したコンテンツスタジオのBABEL LABELとは、世界で通用するハイクオリティな日本発の映像コンテンツを生み出すという共通目標のもとで事業を展開しています。最近では製作委員会に入っている『最後まで行く』が公開されました。先日Netflixとのパートナーシップを発表したことで、グローバル展開をより進めていけると考えています。
自社でIPを作る体制も整えていて、Web縦読みマンガであるWebtoonの企画・制作から販売までをプロデュースする、コンテンツ制作スタジオ『StudioZOON(スタジオズーン)』を設立しました。
ほかにも、万国共通で楽しめる「色」というコンセプトを元に、日本のイラスト文化、クリエイターの世界進出を目指す『IROIRO』というコレクティブNFTプロジェクトを実施しました。メインアーティストとして人気NFTアーティスト「sashimi」、アドバイザーにNFTコミュニティである「uwu Labs」が参加し、0.07ETH/5,000体が完売しました。
――ちなみに良いコンテンツとは具体的にどのようなコンテンツだと考えていますか。
山内:視聴数が重要な指標だと考えます。多くの人に見ていただけると話題にもなりますよね。「グローバルで何位に入った」「Netflixのトップ10に入った」となれば、注目されてより届きやすくなると思います。
次に重要なのはマネタイズ力ですが、そればかりを考えてもつまらないので、まずは視聴数をどれくらい稼げるか、世界中で見てもらえるような面白いコンテンツを作ることができるかが大事だと考えています。
これまで培ってきた知見をエンタメテック事業へ活かす
――既存のネットサービス・広告・マーケティング事業で培った知見を今後エンタメテック事業にどう活かしていくのでしょうか。
山内:シナジーはいろいろあると思いますが、例えば若い世代に訴求する際に大きな力を持つネット上でのマーケティング。当社にはTikTokやTwitter、Facebookなどネット上のマーケティングに欠かせない企業様と取引してきたからこそ得られた知見が数多くあります。
一番の違いは「クリック率を上げるためには、このような訴求をすればよい」など、定量に基づいた分析による改善をしていけることです。
――企業が適切な予算配分を考えたり事業計画を立てたりする際に役立ちそうですね。
山内:そうですね。ターゲットに対して的確に当てられるようになると思います。
エンタメテック事業、今後の展望
――最近は生成系AIがコンテンツ制作に影響を与えるのではといった声も聞こえてきます。AIの台頭はエンタメテックに影響を与えると考えますか。
山内:将来どんどんデータの精度が上がるにつれて、クオリティの平均点も高くなっていくのではないでしょうか。まだ課題はあると思いますが、今も非常にクオリティが高いものもありますよね。AIによってクリエイティビティが発揮される場合も出てくるでしょう。人間が持つクリエイティブ力と掛け算できる使い方であればやったほうがいいでしょうし、逆にそれを抑制してしまうようなことはなるべくしないようにしたいと思っています。
――エンタメテック事業の国内、海外含めた今後の展望についてお聞かせください。
山内:エンターテインメント自体は、グローバル展開しやすい土壌が整ったので、一層IPのクリエイションの部分にしっかりと向き合うこと、そしてそのIPを流通させたりマネタイズしたりする機能を少しずつ横に広げていきたいです。
――日本でも、現在世界で注目を集めている韓国のようなエンタメコンテンツを作っていけるものでしょうか。
山内:ある一定のキャズムを超えてしまえばデータとして見ることができます。例えば韓国で行われているように、この人が主演ならこれくらいの視聴数を見込めるだろうといったマーケティング的な手法でコンテンツを作ることも可能だと思います。
確かに今は韓国のエンタメのほうが注目されているかもしれませんが、日本でも才能がある人たちが制作に打ち込める環境を整えれば、コンテンツ力が爆発する日が来ると感じています。
――御社でコンテンツ制作の環境を整えるために行っていることはありますか。
山内:身の丈以上に売り上げをあげようとしないことです。「〇年で売り上げ目標を達成する」といった事業計画を立てるのは、コンテンツビジネスでは難しいなと。自由度を下げたり、コミットメントを求めたりするとコンテンツのクオリティを担保できなくなる可能性があるためです。
とはいえ投資する以上、事業計画は重要なので、バランス感覚は大切にしています。
――最後に読者に向けたメッセージをお願いします。読者の中には今後エンタメテック事業に携わりたいと考えるマーケターもいると思います。山内様が考えるマーケターが今後活躍するために大切なことを教えていただけますか。
山内:スキル面でいうと、ネット上のマーケティングに関する基本的な理解があることを前提に、自らコンテンツを作り上げ、実際に配信してその効果検証もするといったサイクルを回せることです。
例えば格闘技で、PPVの売り上げを増やすことがミッションである場合、どのようなシーンなら視聴数をとることができ、動画をどの時間帯にどのように配信すればいいかを理解し、取捨選択できることが求められると思います。
また、大きなことで言えば、既存のことをやるよりも新しいことに挑戦するほうが、人ははるかに成長できると思います。変化に敏感になり、それらをしっかりと取り入れて、自分なりの答えを持って実践する。そのようなことができる人材は希少価値が高く、魅力的だと思います。
取材協力:株式会社CyberZ
IT企業でコンテンツマーケティングに従事した後、独立。現在はフリーランスのライターとして、ビジネスパーソンに向けた情報を発信しています。読んでよかったと思っていただける記事を届けたいです。