気
仕事柄、様々な経営者にお会いしてきました。特にオーナー経営者の何人かと深く接する機会があり、仕事の進め方から生き方まで学ばせて戴きました。彼らは何事に対しても熱量が豊富でした。仕事やプライベートで困難な状況に陥った時に、たまたまお会いした経営者から励まされることもありましたし、勇気づけられることもあり、しばしばその懐の深さと滲み出る余裕に感銘を受けました。最も印象に残っているのは仕事で大変なトラブルに巻き込まれ、辛く厳しい日々を過ごしていた頃、いつも通り営業でご挨拶に伺ったところ、私の表情から何かを察し、諭すように話をして頂く機会がありました。話の内容全てを聴きとれた自信はありませんが、「気」についての話でした。世の中は「気」でできていて、「気」が溢れている状態が「元気」。空中にあり、取り巻く環境そのものが「空気」であり、「空気」がいいとは「雰囲気」がいいことでもある、経済とは「景気」で、上向けば「景気」がいい、低迷すれば「景気」が悪い、などと切々と説明されました。そして、仕事も人生も「気分」に流されず惑わされず、「本気」を掴むことが大切で、どんな状況にあっても「気合」を籠めて「気丈」に過ごすことが肝要、とご教授頂きました。自分もさることながら、部下や後輩達にも公私において困難な状況を見計らい、この教えを話して「勇気」づけてきました。
合理的期待形成仮説
人々が楽観的な見通しを持てれば、実際に景気は上向きます。経営者達が景気に強気な見通しを持てれば、投資が増え、人への投資である給料も増えます。それにより消費が拡大します。楽観的な見通しは消費や投資といった国内の総需要を増大させます。もちろん、逆に悲観的な見通しは景気を冷やします。景気の良し悪しの多くは人の内心で決まるのです。企業イメージを毎年同じ時期に時系列的に調査・研究を行ってきましたが、景気の良い年は押しなべてイメージの総量が多く、イメージ項目の相当数でスコアが高い傾向にありました。
現代のマクロ経済学においても1970年代以降、合理的期待形成仮説が米国を中心に経済学者の間で影響を持つようになりました。人々が利用可能な全ての情報を駆使して予想する場合、期待値に関しては正しい予想ができることを前提にした学説です。1995年にノーベル経済学賞を受賞した米国のロバート・ルーカス氏、同じく2011年に受賞したトーマス・サージェント氏ら経済学者が提唱し、政府が裁量的な金融・財政政策を実施しても、企業も個人も将来の期待に基づいて経済的な選択をするため、短期的にも政府の期待できる経済効果は保証されないと批判しています。しかし、人々は市場の諸条件などについての正確な知識を持っているとの仮説を唱えているため、現実的ではないとする意見も数多くあります。消費者や企業の物価への見通しは様々ですが、中央銀行の物価安定の目標により、見通しが収れんされると期待できます。目標が定まれば人々は目標と調和する方向へ舵を取ります。中央銀行の重要な役割は様々な見通しを束ねて物価安定を実現することなのです。
同調圧力
暗黙のうちに少数の意見を持つ人がいても、多数の意見に合わせるよう強制することを同調圧力(peer pressure)と呼びます。学校や会社など多くの集団で起こる心理的圧力を指します。新型コロナウイルス禍の最中、マスクを着用すべきと無言の同調圧力が至るところで見受けられました。否定的な意味で使用される場合が多いようですが、適度な同調圧力はお互いに周囲に合わせることでチームワークが良くなるといったメリットもあります。しかし、同調圧力が強まれば、新しいことへの挑戦が減り、失敗を恐れて萎縮するなどマイナスに働きます。同調圧力と似た言葉に同調効果があります。自分が周囲との間に共通点があると、親近感を持ったり、安心できます。マーケティングにおいても行列ができる人気の飲食店に並んでみたいという心理を利用したバンドワゴン効果という手法があります。
日本の社会は他人と衝突することをなるべく避けて「和」を尊ぶといった考えが古くからあります。また、歴史的には「村社会」が存在したように、村の掟やしきたりは絶対的であり、従わない者は「村八分」という制裁が科されてきました。最近でも「KY(空気が読めない)」など、その場の雰囲気を掴めない人に対して、否定的な評価をしがちです。日本の社会には強い同調圧力が存在し現在に至っているのは、このような歴史が物語っています。
社会的規範(ソーシャル・ノルム)
社会的規範(=社会的通念、social norm)は集団で共有され、許容される行動のルールです。法律や規則などで公式に定められているルールもありますが、暗黙に共有されたルールもあります。社会の秩序を保つためには社会的規範は必要です。一方で弊害もあります。
デジタル型高速社会を迎え、我々は常日頃から行動の変化を求められますが、既存の社会的規範に縛られて思うように改革できないことが多々あります。グローバル化や多様性社会の進展も価値観にコペルニクス的転回をもたらし、社会や企業のあり方も多大な影響を受けています。例えば「働き方」も在宅勤務や副業・兼業、ボランティア、シェアオフィスなど様々なスタイルが出現し、「働き方」のイメージそのものが以前とは大きく異なります。もちろん、社会的規範から脱却できず、その変化に対応できない人、変化から目を背ける人、変化に追いつけない人、変化に気が付かないふりをする人なども数多く並存しています。
人間には既に存在する情報を受け入れ、反する情報の受け入れを拒む「現状維持バイアス」や「自己奉仕バイアス」があります。特に権力者は概して現状維持志向で変革を受け入れ難い存在です。社会や組織を変革するためには、社会的規範の変化を多くの人々が具体的に思い浮かべ受け入れる必要があります。現状とは明確に異なり、これからの望ましい姿を求めた新しい社会的規範に対して、社会や組織が『擦り合わせ』を図らなければなりません。
社会的規範から成り立っている経済的な価値である企業価値やブランド価値も同様です。『擦り合わせ』は日本人特有のコミュニケーション技術として経営学で注目されています。
一人一人の人間の振舞いを過去から現在へと蓄積されて成立したものが現代社会です。
現在の社会的規範を改めるには過去に遡り、人間の進化の歴史に踏み込む必要があります。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。