年末の買い出し
子供の頃、年末になると両親に連れられて、上野のアメ横商店街へ年末年始用の食糧品の買い出しに出掛けるのが常でした。たまに、築地市場に寄ることもあったと記憶しています。物凄く多い買い物客、とびきり威勢のいい店頭に立つ店員達の大声、豊富で大量の魚や蟹・海老等の魚介類、おせち料理などが飛ぶように売れる光景は今でも目に焼き付いています。人にもみくちゃにされながら、散々購入した後に手がしびれるほどの重い荷物を持ち、何とか電車に乗り込むといった苦しいやらホッとするやらの体験は、今では素敵な思い出です。名作映画「男はつらいよ」シリーズの主人公、車寅次郎の名調子とは異なり、この時とばかりに響き渡る濁声の店員達の迫力と販売力に畏敬の念を覚えました。両親から離れぬように細心の注意を払いながら、我が家の毎年の年末行事を恐る恐る楽しみました。大晦日に近づくにつれ、セット販売される商品も増え、カズノコやイクラがセットであったり、ウニや海老が一緒だったり、当初は複雑な商品の組み合わせも段々と単純なセットとなり、時間が経つにつれ残りの品も減り、値段も下がっていく様を見て小売りの面白さを知りました。師走の一大行事であるアメ横商店街への買い出しは、小売営業の原点として見るべき・学ぶべきことが多く、足手纏いのところわざわざ連れて見せてくれた両親に今も感謝しています。
セット
セット(set)は様々な意味を持っている言葉です。①家具や食器などの様式を整えるなど、組み合わせて一揃いにするもの・こと。②試合の区切り。バレーボールやテニス等のセットポイントなど、試合の一区切りとして使用します。③演劇の舞台装置。映画やテレビで撮影のため設置する建物や街並みなど。特殊撮影用模型セットはミニチュアセットで、撮影所内の空き地に設置するのはオープンセットです。➃会食をセットするなど、もの・ことを配置すること。⑤髪の形を整えること。⑥道具や機械を組み立てたり、食卓を用意したりすること。⑦テレビの受像機・ラジオの受信機、音楽の再生装置。他にもサーフィン用語で1本1本ではなく、まとまって来る波やうねりをセットと呼びますし、心理学用語としてセットとは「構え」ともいいます。人ないし生体に対して、ある特定の刺激対象ないしは事象を選択的に甘受させる条件、またはある特定の活動ないし反応を引き起こすようにさせる条件を示しています。このようにセットは日常、家庭や職場等あらゆる場面で活用される便利な言葉です。特に意味深い活用として、サンセット(sunset)は晩年を表現する場合があります。
改めて、ある商品・サービスと他の商品・サービスを組み合わせて販売することをセット販売と呼びます。消費者が要求する商品・サービスをセットして販売すれば、販売する側も消費者側もいずれもが得しそうな販売方法です。通常の商品割引よりも消費者に対して、割安感を与えることができるため、積極的に取り入れることで売り上げを増やすことが出来ます。また、複数の商品・サービスを販売するため、在庫調整に有効な施策でもあります。
バンドリング商法
消費行動を改めて考えてみると、商品・サービスを購入するのは、その価格と支払う意思の金額(その商品・サービスを得るために支払うことが可能と思える金額)以下の場合です。
バンドリング商法とは、複数の商品を束(バンドル)にしてまとめて、ひとつの価格として販売する商法です。抱き合わせ販売とも呼ばれています。正月の福袋はその代表例です。
経済学的に、この商法が成り立つ理由として、①別々に販売するより一緒にする方がコストを削減できる場合です。包装するにも個別に包装するより、ひとまとめにした方が安価になります。②複数の商品・サービスが一緒に購入されてこそ、価値が認められる場合です。ズボンの裾直しを付加サービスとしてズボンを販売するといった売り方は普通に行われています。③消費者が商品・サービスを探す手間を減らせる場合です。ネットの普及で消費者が求める商品・サービスを探す環境は以前とは比較にならない程進歩していますが、代表例であるパックツアーは交通手段や宿泊先、食事先などがあらかじめ用意され、自分で手配するよりも楽でコストもかかりません。一見、バンドリング商法は消費者から見てもお得な販売方法のように見えます。しかし、価格決定のメカニズムを考えると、販売する側の利益を増やす使われ方をして、消費者が損するケースも見受けられます。また、人気商品・サービスと売れ残りの商品・サービスをセット販売すること(悪質な抱き合わせ販売)が不当に行われる場合は不公正な取引方法として、独占禁止法により禁止されています。
バンドリングとアンバンドリング
バンドリング商法は顧客の囲い込みにも有効です。プリンターとインクの関係では、プリンターを使用するには本体を購入した上で、消耗品であるインクを継続的に購入する必要があります。また、本体のアフターメンテナンスやアフターサービスなども顧客の囲い込みにつながります。
バンドリング商法に対し、アンバンドリング商法という真逆なものがあります。消費者のニーズに合わせて元はひとつのセットになっていたものをバラバラに分けて販売する、「バラ売り」のことで消費者は欲しいものだけ購入することが可能となり、セットでは売れなかったものが売れるというメリットがあります。
企業の限界費用(商品・サービスの生産をひとつ増やすのにかかるコスト)が非常に小さく、大量に売れるほど利益が増大する商品・サービスではバンドリングを増やすほど販売する側が有利になるといわれています。ネットをはじめ、情報を流通させるITが進展したことで、新聞や雑誌、テレビのようなメディアもバンドルで情報を売る必然性は薄れているともいえます。いわゆる無数の情報をバンドルして固定した価格で販売しているケースです。音楽アプリが自分の好む曲だけダウンロードできるように、ふさわしい新商品・サービスの出現や改善が期待されます。
バンドリングとアンバンドリングのどちらが販売戦略に適しているのかを検討するには①消費者の最新需要動向、②商品・サービスの特性、③業界の特性、④販売に関する技術力、⑤競争が行われる環境などが考えられ、販売状況を把握・分析する必要があります。商品・サービスの組み合わせをいかに適切に行い、効果的な価格設定ができるかが勝負です。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。