歴史という事実
風が吹けば桶屋が儲かる、面白くて不可思議なことわざです。ある出来事が巡り巡って思いがけないところに現れることのたとえです。また、そうあってはならないことを自分に都合の良いように考えたり、期待することでもあります。
17世紀フランスの哲学者ブレーズ・パスカルが著作『パンセ』で「クレオパトラの鼻。それがもっと短かったなら、大地の全表面は変わっていただろう」と書いています。パスカルが生きた17世紀のヨーロッパは戦争に明け暮れていました。そんな中で些細な事実によって歴史が作られるという現象を冷静に見つめていたのではないでしょうか。
NHKの教養番組「映像の世紀バタフライエフェクト」を毎回楽しみにしています。その面白さとは思いがけない事実が重なり合って生まれる真の歴史の姿を見つけ出すことだと思います。偶然の産物が歴史を動かしていることに毎回驚かさられます。同時に、自分までもが歴史のうねりに巻き込まれる可能性を持っていることに恐ろしさを感じます。緊張した毎日を過ごしているとは程遠いのですが、何気ない我々の判断がこれから先の歴史を塗り替えてしまう可能性を心配するのは考え過ぎなのでしょうか。
セレンディピティ
セレンディピティ(serendipity)は微候的知とも偶察力とも訳されますが、思いもよらなかった偶然がもたらす幸運、または幸運な偶然を引き寄せる能力を意味する言葉です。語源は1754年イギリスの小説家であり政治家のホレス・ウォルポールが生み出した造語で、「セレンディップ(現在のスリランカ)の3人の王子」という童話が元になっています。3人の王子達が旅の途中で予想外の出来事にたびたび遭遇しますが、彼らの聡明な知恵と勇敢な行動によって、元々探していなかった何かを発見します。セレンディピティとは、失敗してもその失敗から学び取ることができれば成功に結び付けられるというサクセスストーリーとして認識されることが多く、また科学的な大発見をより身近なものとして説明するためのエピソードとなる場合も数多く存在します。
古代ギリシャにおける第一級の科学者アルキメデスは風呂に入っていた時にアルキメデスの原理のヒントを授かったり、史上最高の自然科学者のひとりアイザック・ニュートンの万有引力の法則も木からリンゴが落ちるのを見ての発想ですし、ノーベル賞を受賞した細菌学者アレクサンダー・フレミングの発見したペニシリンも実験中の偶然のたまものです。偉大な発見のエピソードには偶然性が含まれていることに枚挙の暇がありません。科学の進化・発展にはセレンディピティが大きく関与しているのです。
人は目的を持って行動するために、五感を常に働かせて様々な情報を読み取ろうとします。読みとった情報の中には求めているものの他に価値ある情報を拾うことが多々あります。新型コロナ禍で人との交流の機会が減少し、出社する回数も減少傾向となり、オンライン環境が日常となりました。それでも、SNSやインターネット上での情報交換や交流に積極的に参加すれば、セレンディピティは今までとは異なる新しい形で発生するのです。
シンクロニシティ
深層心理について研究して分析心理学(ユング心理学)を創始した、スイスの著名な精神科医・心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した概念がシンクロニシティ(synchronicity)です。誰にでも偶然起こることがある心理的共鳴であり、「意味のある偶然の一致」を意味します。共時性、同時性、同時発生などと日本語では訳されています。『虫の知らせ』や『第六感』のように因果関係が無い2つの事象が類似性と近接性を持つ場合をいいます。ユングはこれを「非因果的連関の原理」と唱えました。また、シンクロニシティが起こる理由を「集合的無意識によるもの」と考えました。個人の心理より心の深層にある『無意識の層』が集合的無意識であり、普段は意識できない領域です。科学的には、人間は物事を主観的に判断しがちなため、その現象を偶発的あるいは奇跡的に感じてしまうことからシンクロニシティは発生します。ただ、科学的に説明できないシンクロニシティも存在します。スピリチュアルな面ともいえますが、「波長が似ている物は引き寄せ合う」といった法則も存在し、身の回りで起こることは自分が原因だともいわれています。
セレンディピティとの違いは、シンクロニシティは偶然発生した現象そのものなのですが、それに対してセレンディピティは、幸運な偶然を得る主体的な力、あるいは偶然の発見を引き寄せる能力を指しています。
バタフライエフェクト
些細な事が様々な要因を引き起こし、非常に大きな事柄の引き金となる概念をバタフライエフェクト(butterfly effect、バタフライ効果)と呼びます。1972年アメリカ科学振興協会での気象学者エドワード・ローレンツの講演『ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』からこの概念は生まれました。この趣旨は「蝶の羽ばたきはトルネードを引き起こす可能性はあるが、そのような事象は計測精度を上げても予測は不可能。年間のトルネードの発生数には影響せず、大局の動向を如何に捉えるかの方が重要である」というものです。初期の小さな差が将来に大きな差を生むということであり、初期のわずかな差が様々な要因によって変化し続け、どのような結果や未来が訪れるかは誰も想像できないということを意味します。力学系の一部に見られる、数的誤差により予測できないとされている複雑な様子を示す現象を扱う理論であるカオス理論(chaos theory)における予測困難性を示す表現です。カオスとは混沌、無秩序といった意味を持ちます。
バタフライエフェクトの考え方は、個人の仕事や人生においても能動的に応用できるはずです。自分の身の回りで起こり得る何らかの事象に対し、その事象を引き起こすきっかけとなりそうな要因を洗い出し、意図的にその要因(バタフライ)を変化させることで、仕事や人生における望ましい未来の創造につながります。さらに、環境保全やSDGsの目標達成にむけて、自分自身が何気なく起こす小さなアクションがより大きな羽動を起こし、結果として地球規模での大変革をもたらすかもしれません。将来起こることを正確に予測することは不可能ですが、我々ひとり一人の良心ある行動がバタフライとなり、大きな流れ(エフェクト)を導き、歴史を塗り替える様を想像すると自然に希望が湧いてきます。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。