忘年会の思い出
若手の社員の頃、忘年会の思い出は楽しかったり辛かったりと様々でした。気の置けない先輩や同期入社の同僚、学生時代の友人達との忘年会の幹事を担うと一度は行ってみたかったり、食べてみたいものがあったり、幹事特権がある店などを選び、当日をワクワクしながら待つものでした。
1次会終了後は2次会どころか3次会4次会へと足を伸ばし、明け方まで飲んでしまい、午前様となって何とか自宅へたどり着くといった危ない?思い出が沢山あります。それに伴い、店に忘れ物をしたり電車を乗り過ごしたり、タクシーが捕まらず歩き続けたりと気がつけば悲しいぐらい愚行を数知れず経験してきました。
仕事の一巻である会社の部会等の公的な忘年会は若手の場合は先に会場へ到着するのが必須なのに、その日に限って仕事上のトラブルが出発直前に起こってしまい、やむなく遅れて到着すると必ずうるさい上司や厄介な先輩の隣か目の前の席が空いていて、そこに座らされました。そうなると忘年会気分が一掃するどころか、絡まれたり説教されたりおもちゃにされたりと仕事以上に厳しく辛い時間を過ごさねばならず、魔の忘年会となりました。ましてや幹事を拝命すると、まずは出席者全員の食べ物の好き嫌いを聞きお店を選択し、席順の検討、清算、忘れ物のチェック、2次会の手配など目が回るほどの忙しさと気遣いでてんてこ舞いになりました。仕事同様に上手く忘年会を取り仕切る上司や神対応する優秀な先輩達を尊敬し憧れました。
社内コミュニケーション
新型コロナ禍から在宅勤務が飛躍的に進み、社内でのコミュニケーションが不足する傾向にあります。オンラインではどうしても、仕事と無関係の雑談をする機会が減少するのは否めません。転職が当たり前となり、正社員で入社して定年まで同じ会社に勤め続けるといった従来の終身雇用モデルに沿った会社人生を送る人はすでに少数派となっています。多様な働き方や価値観により、コミュニケーションそのものが変化しています。
最近、単身者の社員寮や運動会など社内行事の復活がメディアで報道されています。今までは公私の境が欲しいと若手から嫌われた社員寮は減少の一途でしたし、社内行事は過去の遺物であり古臭いとして敬遠されていました。それらを復活させた企業は多くはありませんが、社内を活性化させるための起爆剤としてまずは『装置』からという考えには納得出来ます。会社に愛着を持つのは従業員それぞれの心持ち次第であり、様々な要因が存在するはずです。社内活性化を目指すにはコミュニケーションを深化させる価値ある手立てを各社が検討し、自社に相応しい独自の施策を実施する必要があります。忘年会ひとつをとっても必ずしもお酒を飲む宴会を開く必要はなく、会社の業務終了後に集まる必要もないのです。ランチでもお茶でもレジャーでも忘年会の名の元に年忘れを無礼講のように皆で喜び合い、一年間の出来不出来を確認し合う環境を創りだす年に一回の機会が大切なのです。近頃の若手はつき合いが悪過ぎると経営陣やミドルが騒ぎ立てる限り、社内コミュニケーションの深化は絶望的です。
忘年会の歴史
『忘年』の意味は、①自分の老いを忘れるほど面白く思うこと、②年齢の差を気に留めないこと、③年忘れ、その年の苦労を忘れること、となっています。中国の古典によると①と②だけが用例として出てくるようです。つまり、中国の古典では自分が老いたのも忘れて年少の志を同じくする者と語り合う楽しみを『忘年』という言葉で掴みだしているのです。
国際日本文化研究センター教授の園田英弘氏の著作、文春新書「忘年会」による年忘れの最も古い用例は室町時代の「看聞日記」の記録にあり、連歌の同好会の納会として12月末に行われ、忘年会のルーツのひとつとされています。戦国武将も「関八州古戦録」には戦国末期に毎年12月30日に小田原城で、群臣を集めた連歌の会の催しとして酒宴を夜明けまで続けたと記されています。ここでは君主と群臣が無礼講で酒宴を催した、つまり近代忘年会の原型と考えられます。
忘年会は明治時代に入ると経済的余裕と社会的自由によって、都市の風俗となり一段と世間に拡がりを見せ、隠し芸や芸者、団体旅行といった宴会にはつきものの要素が出現し、近代忘年会へと進化してゆきます。昭和に入ると忘年会は国民的な年末行事となり、忘年会のための社内積み立てや会社からの補助金などが生まれ、一時第2次大戦下では全廃となったものの戦後復活を遂げ、高度経済成長を迎えると忘年会ブームが到来。忘年会と企業は切っても切れない関係とまでなりました。
従業員エンゲージメント
従業員エンゲージメントとは、従業員が会社の向かっている方向性(企業理念)に共感し、企業業績向上のため自発的に貢献したいと思う意欲であり、「従業員の企業に対する信頼の度合い」あるいは「従業員と企業とのつながりの強さ」といえます。残念なことに日本企業は世界最低水準にあるといった調査結果もあります。今後、企業が成長を維持するためには、従業員との強固なつながりは必要不可欠といえます。
従業員エンゲージメントを高めることにより、①生産性が向上する、②社内が活性化する、③モチベーションを上げる好循環が作れる、➃離職率が低下する、⑤企業イメージが高まる、などが考えられます。また、従業員エンゲージメントと似た言葉に従業員満足度(Employee Satisfaction)がありますが、これは職場環境や人間関係、業務内容などに対する満足度の指標であり、同じくロイヤリティ(Royalty)は従業員の企業に対する忠誠心を意味し、企業と従業員の主従関係を指します。
従業員エンゲージメントを向上させるためには、①社内コミュニケーションの活性化、②ワークライフバランスの確立、③企業理念・ビジョンの浸透、④パーパス経営の導入、⑤職場環境の整備、⑥人事制度やキャリア形成の体系化、などが挙げられます。働きやすさと働き甲斐は微妙に異なり、働きやすさだけを意識すると従業員満足度は高まりますが、従業員エンゲージメントの向上には影響しません。また、企業理念やビジョンが度々変更されると、従業員が共感した根幹が変更することとなり従業員がやる気を失います。
忘年会や運動会などの社内行事は日本独特のものかもしれません。従業員エンゲージメントを高めるための再活用には今風の改良が求められます。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。