バスケットボールは、世界4.5億人が楽しむ、競技人口がもっとも多いスポーツです。
直近2018年の国内競技人口は、公式試合出場に必要な協会会員登録数だけでU12からBリーグまで34,427チーム622,506人。協会未登録の草プレイヤーはさらに10万人を下らないといわれます。漫画「SLAM DUNK」が一斉を風靡した90年代のピークからはプレイヤー、チーム数ともやや見劣りするものの(登録制度や登録料は段階的に整備されているため単純比較はできませんが)、2016年9月からスタートした現B.LEAGUEの隆盛で注目が集まっています。
図表 1 公益財団法人日本バスケットボール協会「チーム加盟数・競技者登録数」より
13年ぶりの出場を果たした男子W杯は32カ国中31位と残念な結果でしたが、2017年の50位からはそれでも躍進し、日本中が試合の行方を注視しました。
プロバスケットボールのB.LEAGUEは2019年7月に2019-2020シーズン前半戦の日程が公表され、10月3日から開幕します。盛りあがるバスケットボールのマーケティング戦略に迫ります。
開幕時のスタートダッシュが大幅改善した2018-2019シーズン
まず、サイト分析ツールeMark+を使って、協会及びB.LEAGUE関連サイト、アプリのユーザー推移を確認してみます。
圧倒的にユーザーが多いのは、やはりB.LEAGUEサイト。B1、B2リーグのゲームやチームと選手、統計情報などを提供するサイトです。とくにシーズンクライマックスの5月は、2018年も2019年もユーザーが急増しました。開幕9月の盛り上がりには欠けた2017-2018シーズンに比べると、2018-2019シーズンは10月から前年同月比115%のユーザーが利用。B.LEAGUEチケットサイトも同様に、2018-2019シーズンは当初からユーザーを集め、10月のユーザーは前年同月比122%でした。開幕を待ちわびたファンの期待が感じられます。
図表 2 B.LEAGUE関連サイトのユーザー推移
※eMark+にて調査
※デバイス:PC+スマートフォン
スマートフォンでチケット予約、決済、入場まで完結するチケットアプリ(Bリーグスマホチケット)も、10万ユーザーに満たなかった前シーズンとちがって開幕当初からユーザーを増やし、2018年10月は体前年同月比193%のユーザーが利用。特に2019年2月は直近2年間の最高値をマークしました。2018年に比べると、シーズン終了後も利用が衰えていません。
バスケットボール協会サイトは前年に比べてシーズン中のユーザーが減りましたが、それだけB.LEAGUEサイトがプロリーグのコミュニケーションチャネルとして定着したということでしょうか。
ECサイトONLINE SHOP(B.LEAGUE OFFICIAL ONLINE SHOP)は2018-2019シーズン開幕直前の2018年9月が最高値。観戦に備えてウェアやグッズを購入したファンがいたのかもしれません。
B.LEAGUE決算資料によると、2017-2018シーズンは対前年比入場者数11.8%増、営業収入30.2%増を記録しています。ログ上のユーザー動向から、2018-2019シーズン決算はさらにパワフルな成果が期待できそうです。
図表 3 B.LEAGUE クラブ決算概要 発表資料 (2017-18シーズン)より
スマホファーストの統合デジタル戦略
B.LEAGUEは、2016年発足当時からリーグ全体でスマホファーストのデータドリブンマーケティングを推進してきたことで知られています。
チームごとに独立運営される野球などの種目と異なり、リーグ全体で顧客データベース、チケット販売・アプリやECなどのユーザーインターフェイスを含むデータマネジメントプラットフォーム(DMP)とプラットフォームを通じた収支管理と配分、ライツ管理、さらにWebやSNSを通じたファンコミュニケーションスキルまでが共有される、バスケットボールエコシステム上で運営されているのです。
B.LEAGUEは「世界に通用する選手やチームの輩出」「エンターテイメント性の追求」「夢のアリーナの実現」を3つの使命に掲げ、リーグ一丸となって市場創造とカスタマーエクスペリエンス向上を図っています。
NBAをお手本にしたといわれますが、協会とB.LEAGUEの保有する全権利をひとつにまとめ「権利価値最大化」「意思決定の迅速化」「顧客対応力向上」を図るB.MARKETING株式会社がデジタル資産を一元管理するのは日本独自の体制です。例えば、全試合のインターネット放映権はリーグトップスポンサーであるソフトバンクがもち、「バスケットLIVE」のサイトやアプリを通じOTT(Over the Top )配信。既存放送局やDAZNへの提供なども含め、リーグの主体的なマネジメントが可能です。
いま、スポーツマーケティングが熱い! | 第1回 序章 スポーツビジネスのデジタル・トランスフォーメーション(1)
https://manamina.valuesccg.com/articles/390OTT(Over the Top)と呼ばれるYouTube、Netflix、日本だとDAZNやAbemaTVを通じたスポーツ観戦のほか、主催者自身による動画やVRの提供も技術的なハードルは下がっていくでしょう。
プロチームとして不可欠なマネジメントのうち、全チームが共通で実施する機能は協調領域としてスマホファーストDMPに集約する一方、ファンエンゲージメントや地元自治体・企業等とのパートナーシップ、グッズ開発など、各チームが市場ニーズをふまえ知恵を絞る施策は競争領域として、独自の取組みを進めています。
これらデジタルマーケティング戦略の積極的な広報も、B.LEAGUEの特徴。事務局長の葦原一正さんのお名前は、スポーツ報道よりむしろマネジメントやデジタルマーケティング系のメディアでお見かけすることが多いのではないでしょうか。
SNSと親和性の高いファン層
B.LEAGUE全体の収益配分は、勝敗ではなく観客動員数で決めるシステム。既存プロスポーツと比べてすでにユニークですが、SNSフォロワー数、ローカル放送での露出度なども配分指標に取りいれます。集客につながるパフォーマンスこそが、リーグへの貢献度を示す指標というわけです。
図表 4 クラブごとのSNSファン数も収益配分の指標になっている
B.LEAGULE Monthly Marketing Report 2017-18 Seasonより
B.LEAGUEではリーグ主導により全チームが発足当初からSNSを開設。2017-2018シーズン終了時点で約23万人のフォロワーを誇る千葉ジェッツをはじめ、各チーム創意工夫を凝らしています。リーグはただツールを与えるだけでなく、チーム担当者を集めた事例共有や勉強会なども主催し、SNSを通じたファンエンゲージメントを支援しているそうです。
SNS活用施策が奏功してか、チケットアプリとB.LEAGUEサイトユーザーの併用アプリログからは、ファンのSNS好き傾向が明らか。1位Twitterをはじめ、トップ5アプリのうち4つはSNSでした。
4位スポーツナビ、6位バスケットLIVEの利用が多いのはわかりやすい特徴です。スタジアムにせよアプリにせよ、観戦で得た感動やリーグ、チームの投稿を友人やファン同士で共有してくれれば、スマホファースト戦略の思惑通りといえそうです。
図表 5 2019年5-7月にB.LEAGUEサイトとチケットアプリを使ったユーザーの利用が一般ユーザーに比べ特徴的に多いアプリ
※eMark+にて調査
※集計期間:2019年7月、デバイス:スマートフォン
※黄色はSNS、ピンクはスポーツコンテンツ
7位ローソンはチケット購入のコンビニ支払いもあるのでしょうか。8位モバイルSuicaや9位楽天トラベルが観戦時の移動に使われているとしたら、社会的な経済効果も産んでいるかもしれません。
B.LEAGUEの発足は、前身である「bjリーグ」と「JBL(のちのNBL)」の併存体制に対するFIBA(国際バスケットボール連盟)の1リーグ体制への移行勧告に応えたもので、明るい歴史ばかりではありません。でも、2016年というバスケットボール界のリセットタイミングは、負の遺産にとらわれないD2Cモデルにとって、スタートにふさわしい環境だったともいえるのではないでしょうか。
次回はB.LEAGUEデジタルマーケティングのコアツールであるチケットアプリ「Bリーグスマホチケット」に焦点を当ててみます。
いま、スポーツマーケティングが熱い!| 第7回 ペルソナをふまえたターゲティング バスケットボール編(2)
https://manamina.valuesccg.com/articles/587「いま、スポーツマーケティングが熱い! バスケットボール編(1)」では、B.LEAGUEのスマホファースト戦略とその軌跡をたどり、ログデータを使いながら盛りあがる市場を概観しました。2016年発足というデジタル環境を活用できた点は成功要因に間違いありませんが、それ以上に貢献していそうなのは、育成すべき市場を適切に見据える、すなわちSTPに基づく戦略立案プロセスと考えられます。
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法政大学院イノベーション・マネジメント専攻MBA、WACA上級ウェブ解析士。
CRMソフトのマーケティングや公共機関向けコンサルタント等を経て、現在は「データ流通市場の歩き方」やオープンデータ関連の活動を通じデータ流通の基盤整備、活性化を目指している。