いよいよ東京2020オリンピック・パラリンピックまであと1年。あらためてスポーツへの関心が高まっています。5G稼働や仮想現実(VR)、IoT等の技術革新による臨場感あふれる新たな観戦体験に期待がかかる一方、eスポーツも盛りあがりそうです。スポーツ庁「第2期スポーツ基本計画」(2017年度~2022年度)は、2016年にスポーツビジネスの国内市場規模を5.5兆円から2020年までに10兆円、2025年には15兆円規模に拡大させる方針を示しました。
図表 1 スポーツ庁「スポーツ基本計画の解説」は「スポーツ参画人口の拡大」を掲げる
(2017年4月「第2期スポーツ基本計画~スポーツが変える。未来を創る。~」3ページ)
このシリーズでは、スポーツビジネスのマーケティング事例をご紹介していきます。個々の競技種目へフォーカスする前の序章として、いま熱いスポーツ市場をデジタル・トランスフォーメーション(DX)視点で概観してみます。キーワードは、D2C。デジタライゼーションがもたらすDirect to Customerモデルへのシフトにより、スポーツビジネスは大きく変わろうとしています。
マーケティング4P(Product、Price、Place、Promotion)のProductとPriceからはじめましょう。
デジタルなスポーツ観戦体験が進む
Product=Customer Valueから見ると、スポーツビジネスはいま、これまでにない顧客体験(UX)創造の大チャンスを迎えています。
オリパラをターゲットに整備が進む5G(次世代モバイルネットワーク)は、10Gbpsの「超高速」(現4Gの10倍)、1平方kmあたり100万台の「多数同時接続」(同100倍)、最大遅延1ミリ秒程度の「ほぼリアルタイム」(同1/10)を実現します。スポーツ観戦で期待されるのは、リアルタイムの画像・動画処理によりフィールドで選手と同じ視点で試合を体感できる仮想現実(VR)や拡張現実(AR)といった楽しみ方。昨年6月にKDDIが16台のカメラを自由に切り替えて好きな角度からタブレット端末観戦できる実証実験を行ったり、ソフトバンクが今年3月のホークス対イーグルスのオープン戦でVRゴーグルを装着した観客に3Dビューを提供したりしています。
5Gを待たずとも、例えば2018年12月のフェンシング選手権決勝大会のように、剣先の軌跡を可視化したり、勝敗をカラー表示したり、またウェアラブルデバイスから取得したプレイヤーの心拍数を投影したりといったデータ活用によって、ルールをよく知らない観客でもゲームを楽しみやすくする試みが進んでいます。遠くない将来、ウェアラブル技術の進化により、観客が装着したデバイスへチームカラー等を投影したり、観客の興奮度を選手と共有することも可能になるでしょう。スタジアムにいる人限定のEC、会場までの交通手段最適化といった観戦周辺のサービス拡充も期待されます。HMD(Head Mounted Display)の普及が進めば、スタジアムにいけなくても、好きな場所でVR観戦できます。
他方、ゲームアプリ等を通じ競技を体感できるeスポーツも、UXを大きく変革すると期待されます。
例えばF1は2017年から公式eスポーツ大会「Formula 1 Esports Series」を、プロ野球12球団と一般社団法人日本野球機構が「eBASEBALL パワプロ・プロリーグ」、「NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2」を、米NBA(National Basketball Association)が「NBA 2K League」を開催したりしています。多くのイベントはティーンエイジャーから世界中のユーザーに門戸を開放していて、PCやゲーム機器から参加可能。もちろん、もともとゲーム好きなユーザー層は存在するわけですが、F1や野球といったスポーツファンのエンゲージメント向上においても、eスポーツが果たしていく役割は小さくないでしょう。
Amazonが運営するeスポーツやゲームのライブストリーミング配信TwitchやFacebookのeスポーツ運営団体ESL (Electronic Sports League)との提携、YouTube Gaming(YouTubeへ統合)といったプラットフォーマーの動向にも注目です。
Twitch is the world's leading video platform and community for gamers.
YouTube's gaming channel, featuring news, reviews, playthroughs, and more. This channel was generated automatically by YouTube's video discovery system.
パフォーマンス向上におけるデータ活用
画像・動画やセンサー取得データによる審判システムの導入はすでに進んでいて、勝敗の中立性やスピードも上がります(人間味が損なわれる面に賛否もありますが)。
データ活用には、もっとも重要なProductであるゲームのパフォーマンス向上という効用もあります。野球のSABERmetricsや競馬新聞の細かなデータは目にされているかもしれませんが、画像・動画認識技術やセンサー、ウェアラブルデバイスの進化により、取得できるデータの種類が格段に増え、トレーニングや戦略に活用されはじめています。ゲームやトレーニングの最中だけでなく、睡眠や食事などの行動データ、室温・水温・湿気・風量などの環境データを組み合わせたチームマネジメント用クラウドサービスも提供されています。
選手にとってはちょっと窮屈..?と心配もしてしまいますが、気合と根性頼みでなくより良いプレーが観られるなら、ファンにはありがたい話です。またNBA Advanced Stats(SAPが提供)、MLB.jp、Football LABなど、データを活用してゲームを楽しむ範囲も広がります。
放映権をマネジメントの手に
Price=Customer Costも変わります。D2Cモデルがもたらすパラダイムシフトです。
先日は、日本女子プロゴルフ協会(LPGA)と従来国内女子ツアーを主催してきたテレビ局との間で、放映権を巡る対立が話題になりました。LPGAのようなマネジメント側にとって、いま放映権を自らの手元におきたいと考えるのはリーズナブル。UX向上や多様なチャネルを通じたマネタイズ、ファンエンゲージメントの主権を握れば、これまでになかった価格設定を創造しうるからです。
OTT(Over the Top)と呼ばれるYouTube、Netflix、日本だとDAZNやAbemaTVを通じたスポーツ観戦のほか、主催者自身による動画やVRの提供も技術的なハードルは下がっていくでしょう。マネジメントから見ると、放映権のマネタイズモデルが多様化し選択が難しくなる一方で、直接ファンとつながれる分、限定品ECやゲーム以外のファンサービスといったクロスセルも期待できそうです。
また、米国プロスポーツではすでに一般的なダイナミックプライシングが、2018年にはJリーグやプロ野球でも採用されはじめ、繁閑に応じた価格設定が進みます。もちろん、OTTで主流のサブスクリプションモデルを通じたマネタイズも視野に入るでしょう。
次回はマーケティング4Pの残り2つ、Place(Customer Convenience)とPromotion(Customer Communication)から市場動向を概観してみます。
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法政大学院イノベーション・マネジメント専攻MBA、WACA上級ウェブ解析士。
CRMソフトのマーケティングや公共機関向けコンサルタント等を経て、現在は「データ流通市場の歩き方」やオープンデータ関連の活動を通じデータ流通の基盤整備、活性化を目指している。