経済圏確立へキャリアが向かう道|通信領域編(2) 5G市場を展望

経済圏確立へキャリアが向かう道|通信領域編(2) 5G市場を展望

前回はモバイル通信キャリアの動向を統計データや各社IR資料等から概観し、契約者向けサポートアプリの利用状況やロイヤルティ、収益構造の変化などを確認しました。今回はいよいよ3月下旬からサービスが始まった5G関連の動向にフォーカスしてみます。


そもそも5Gとは

5Gは第5世代(5th Generation)の次世代モバイル通信規格。データが流通するネットワークという通路を4Gの10倍に広げ、超高速、多数同時接続、超低遅延を実現します。デジタルツインやMixed Reality、エッジコンピューティングといったテクノロジーの本格的なインフラとして不可欠なネットワークです。

5Gは用途に応じた仮想設定が可能。全ての通信をフルスペックで行わず、用途や遅延によるダメージの深刻さ等によってネットワークを最適化します。例えば、動画ダウンロードならその時間だけ低遅延・大容量が満たされれば十分ですが、医療や製造などミッションクリティカルな場では低遅延・高信頼・大容量全ての要件を満たします。

5Gネットワークのイメージ

5Gネットワークのイメージ

PCやスマートフォンといった通信デバイスだけでなく家電や車などあらゆるものがほぼリアルタイムで接続し、遠隔地にあっても操作可能になります。大容量の動画配信やタッチレス搭乗ゲート、XR観光、見守りといったサービスはもちろん、リアルタイムの高画質映像通信は4K、8Kと親和性が高く、「いま、スポーツマーケティングが熱い! | 第1回 序章 スポーツビジネスのデジタル・トランスフォーメーション(1)」でとりあげたように、スポーツゲームをフィールド上の選手の視点で楽しむこともできます。

4Gとの比較イメージ

 

4G

5G

速度

1Gbps

10Gbps

1km2あたり同時接続

10万台

100万台

遅延

10ms(ミリ秒)

1ms以下

主なデバイス

スマートフォン

スマートフォン(フォルダブル)、スマートグラス、エッジAI、コネクテッドカーなど

競争領域

通信キャリアや機器メーカーによる技術やネットワーク、通信品質、価格の競争

コンテンツ事業者や行政を巻き込んだネットワーク活用サービス総体の競争へ

課金体系

通信量

通信上で提供されるサービス

ビジネスモデル

BtoC

BtoBtoC

BtoB

5Gは4Gを代替する規格ではありません。2020年以降も4Gと共存しながら段階的にカバー範囲を広げ、フル実装されるのは2022-2023年とみられます。モバイル通信の団体業界・GSMAの予測では、2025年までに韓国は59%、米国は50%、日本は48%の通信が5Gへ移行する見込みです。

静かな船出とiPhoneへの期待

2019年の5G元年からオリンピック・パラリンピックをターゲットにプレサービスや実証実験が展開されてきて、2020年3月の本格稼働に大きな期待がかかっていたものの、コロナ禍の影響で派手なイベントもみられず、いまのところひっそりとした5Gの船出。各社価格設定も現行の大容量プランと大きな変更はないようで、当面サービスエリアが限られる実態をふまえてか2年間の無料キャンペーン期間が設定されています。

この間、インフラ整備と顧客獲得へ向けた通信キャリア間の競争は着実に進んでいますが、ソニー、シャープ、京セラ等から発売された端末が10万円~、最も安い中国ZTE製品でも9万円程度と比較的高価なこともあり、一般消費者への普及にはまだ時間がかかりそう。7月頃販売開始予定のOPPO(オッポ)やXiaomi(シャオミ)はこれらに比べ競争力のある価格設定とみられていますが、4Gの顧客体験を劇的に変化させる機能と価格を両立できるでしょうか。

コロナ禍のさなか投入された第2世代iPhone SEは史上最安値で話題ですが、秋には5G対応機が投入されるとの観測も。スマートフォンというものを世界とくに日本市場に定着させたiPhoneが5Gならではの魅力的な機能を実装できれば、普及の追い風になるかもしれません。

前述のとおり日本メーカー各社は先行して5G対応機を投入していて、日本のモバイル端末市場もこの2年ほどはじわっとソニーや韓国勢が浸透しつつあるのですが、同じ期間の世界シェアSamsung30.8%、Apple27.0%に比べるとまだまだApple一強。iPhoneなら高くても買ってしまう消費者心理を5G対応機が突き動かせるのかどうか、秋の発表に注目です。

日本におけるモバイル端末のメーカー別シェア(Statcounterより作成)

通信ビジネスのパラダイムシフト

5Gの恩恵を一般ユーザーが享受できるのはもう少し先ですが、通信キャリア各社、実は大きな転換を迫られています。必要なときにエンドツーエンドで発生する通信量に対する課金モデルが成立しなくなるからです。膨張するトラフィック、通信手段の変化、5Gならではのサービス提供が単体では実現しづらいといったことが背景にあります。

Ciscoによると、2017年の全世界のIPトラフィックは月間122EB(エクサバイト)ですが、2022年には3倍増の月間366EBに達します。コンシューマIPトラフィックは、2022年には月間333EBに達し、ビジネスIPトラフィックは月間63EBになる計算です。従来のトラフィックに対する従量課金ならそのまま増収といいたいところですが、通信料金低減政策のもとで単純にスピード10倍=料金10倍とはいきません。

全世界のIPトラフィック予測(Cisco Visual Networking Index:予測とトレンド、2017~2022年ホワイト ペーパーより)

通信キャリア各社がそれぞれ独自の基地局を設置する日本ではとくに、100倍に高密度化する通信の「量」に対する課金だけでは、膨大な5G投資の回収はそもそも困難です。McKinsey「岐路に立つ日本-4Gから5G革命へ」によると、国内通信キャリアの売上に対する設備投資額15-20%に上ります(韓国は10-15%)。米国ではアメリカンタワーがリース提供で82%、中国は中国鉄塔100%が共有設備です。

2019年には政府が基地局へのシェアエコノミー導入の検討を開始し、東京電力パワーグリッドの電柱に共同基地局設備を設けるなどの実験も進んではいますが、現時点の各社計画は独自の設備投資が目立ちます。通信キャリア共有設備導入事業を手掛けるJTOWERはGINZA SIXなどシェア設備を提供していて、投資額の30-50%を削減できるといいます。ユーザーとしては災害時ブラックアウトなどのリスクを回避しつつもハードウェアはシェアを進めていただいて、通信料金の抑制に励んでもらいたいもの。とくにエッジコンピューティングを視野に入れるのであれば、道路などのインフラ事業者との提携も考えられるのではないでしょうか。

通信量から通信上で提供されるサービスへ

前回取りあげたとおりすでに通信方法も変化していて、ユーザー同士のコミュニケーションは通話だとしてもLINEやSNSにシフトしつつあります。もはやコミュニケーションでは稼げないのです。

さらに切実なのが「ローカル5G」です。他方5Gは、リアルタイムであらゆるモノと人をつなぐ社会、あらゆるデータが生きてつながり合う世界では膨大なデータを扱うため、クラウド等中央に集約する必要のないデータはスマートファクトリーや商業施設のなかで処理されます。ローカル5Gは企業や自治体が設置できるため、通信キャリアに依存しないトラフィックが増加します。

従来は通信全体を通信キャリアがカバーしてきた(上)が、ローカル5G(下)へシフト

従来は通信全体を通信キャリアがカバーしてきた(上)が、ローカル5G(下)へシフト

通信料金とスピード、またセキュリティの観点からも、通信キャリア網に依存しないトラフィックにはニーズが高く、5Gの真価は当面むしろ産業用途にあります。想定されるのは建設や生産現場における遠隔操作、遠隔医療といった用途です。遠隔操作における遅延の限界は2msといわれ、1ms以下の5Gで初めて実現する世界。5Gによる無線化は産業用ロボットが生産量や品目に応じて自在に配置できるスマートファクトリーや自動運転にも欠かせません。

通信から包括的サービスへ キャリアのビジネスモデルに転機

通信キャリアが迫られているのは、データが通りやすい管を提供する情報量課金モデルから、データの中身に応じた適切で確実な処理、その先の価値創造を、ネットワークの利用者と協創するビジネスモデルへの転換です。5Gが実現する医療や警備、製造や運転といった人間の仕事の支援、エンターテインメント、データを使ったマーケティングの領域は通信キャリアだけでなし得ず、事業者の参画が欠かせません。

通信キャリアは各社とも、BtoCの通信料ビジネスからBtoBtoCのサービスビジネスへ転換を遂げるべく、コンテンツ事業者や行政、輸送や小売といったサービス事業者とのパートナーシップを進める一方、BtoB分野では産業用途での協創パートナーとしてのポジション確立を図ります。

通信キャリアの取組み事例

 

NTTドコモ

KDDI

ソフトバンク

楽天

ラボ

ドコモ5Gオープンパートナープログラム

KDDI DIGITAL GATE(20189)

5G×IoT Studio

楽天クラウドイノベーションラボ

協働プロジェクト

IoT×5G×SDGsパートナー協創プロジェクト

「次世代プログラム」での事業協創実験

TechShop Tokyoでの事業協創実験

楽天モバイルパートナープログラム

主な実験

()は実験パートナー

4K映像のリアルタイム伝送(読売テレビ)

建機遠隔操作(コマツ)

タッチレス搭乗ゲート(JAL)

建機遠隔操作(大林組)

高精度3D地図生成(ダイナミックマップ基盤)

建機遠隔操作(大成建設)

8Kライブ映像ストリーミング(NHKテクノロジーズ)

自動配送ロボット遠隔操作(ノキア、インテル)

超高速、多数同時接続、超低遅延なモバイル環境でどのような顧客価値を創造するか。5Gは通信キャリア各社だけでなく、あらゆるビジネスに顧客との関係変化やビジネスモデル転換を迫ろうとしています。

シェアエコノミーによるデータ流通コストの分担も進むとみられ、同じ業界内でも協調領域・競争領域のラインが引き直されそうです。

通信キャリア各社はまたコロナ禍の影響で最近取り上げられることが増えた人流データビジネスも進めていて、ドコモのモバイル空間統計「国内人口分布統計」(最短1時間前、10分ごとの人口分布)やKDDI位置情報ビッグデータ、ソフトバンク人流統計データ解析を提供。楽天は楽天IDの位置情報をコアにしたO2Oマーケティングソリューションを展開しています。


次回は巣ごもり消費の影響下にあるECを軸に通信キャリア各社経済圏の動向を追ってみます。

この記事のライター

法政大学院イノベーション・マネジメント専攻MBA、WACA上級ウェブ解析士。
CRMソフトのマーケティングや公共機関向けコンサルタント等を経て、現在は「データ流通市場の歩き方」やオープンデータ関連の活動を通じデータ流通の基盤整備、活性化を目指している。

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