ホクソエムとは何者?
―今日は株式会社ホクソエムのお二人とヴァリューズの輿石さんに、データアナリストのキャリア論についてお聞きしていきたいのですが、本題に入る前にまずひとつお尋ねしたいです。なかなか実態の掴みづらいホクソエムという会社は、一体何者なのでしょうか…?(笑)
タカヤナギ=サン:それについては牧山さんが会社の歴史をきれいに話してくれるかと。
牧山さん:いや〜話せないですね。もう忘れました(笑)。
タカヤナギ=サン:おっと。では私から簡単に話すと、まずホクソエムは匿名知的集団ホクソエムからはじまり2016年に株式会社となりました。代表取締役は私と牧山の2人。メンバーは計8名で、働き方改革とダイバーシティを体現して全員副業で回してます。
メンバーの特性としては、みんな本業の所属組織で実務をバリバリこなしつつ、博士号を持っているのが8分の3。残り5名も少なくともマスター卒で、データ分析に特化した人が集まるスペシャリスト集団という感じです。事業内容は「データ分析はかくあるべし」を助言するような顧問業を中心に、実際にソリューションをソフトウェアに落として提供したりもしてます。
お請けしている案件はいろいろですね。大学と共同研究するケースもありますし、異常検知をテーマに自動車メーカーからも引き合いがあります。また、エクスプレイナブルAI(AIを説明するための技術)関係の研究をまとめたテクニカルペーパーを作ったり、広告効果を推定するモデルや、ToC向け商品のロイヤリティモデルの構築なんかもありましたね。加えて書籍の執筆も行なっています。
「機械学習のための特徴量エンジニアリング」「前処理大全」といったデータ分析の専門書の執筆活動も行なっているという
ヴァリューズ・輿石:「匿名知的集団ホクソエム」みたいな、謎感があるところが良いですよね。僕の最初のイメージでは、なんかすごい人たちが集まっている謎の集団というイメージがありました(笑)。
タカヤナギ=サン:ホクソエムという名前はもともと、架空の数学者ニコラ・ブルバキから発想していまして。ブルバキは20世紀前半のフランスの若手数学者集団のペンネームです。ただ、Wikipediaにもあるとおり、「当初この数学者集団は秘密結社として活動し、ブルバキを一個人として活動させ続けた」。ひとりの数学者の名前のようで実は秘密結社だった、ということですね。
これへのオマージュとリスペクトです。つまり「ホクソエム」という会社だけど、裏には誰がいるか分からない。しかしなぜか実態はホクソエムとして活動している、と。
ーなるほど…!面白いです。そんな秘密結社的なホクソエムと輿石さんは、どのようなきっかけでつながりを持つようになったのですか?
輿石:最初はたしか、僕がQiitaに書いたRについての記事を読んでいただいて、それで連絡していただいたんですよね。
タカヤナギ=サン:そうでしたね。あの当時、真面目に会社でRをやっている人が少なかったので感銘を受け、インターネットでストーキングみたいなことをしたんですよ。そうしたら、輿石さんと仕事上でつながりがあった方が紹介してくれたんです。
輿石:Rをやっているとホクソエムという存在は避けては通れないので、当時から一方的に知っていて、ご恩を受けていました。記事をきっかけにつながりができて、現在も共に仕事をさせてもらっているというかたちです。
左:ホクソエムのタカヤナギ=サン、中央:ホクソエムの牧山さん、右:ヴァリューズの輿石
データ×マーケターのキャリアについて
―では、ここからは本題のデータ分析×マーケティングというキャリアの話に移っていきたいです。みなさんはもともと学生のころから統計解析を勉強しておられたのでしょうか?
タカヤナギ=サン:牧山さんは大学のころからでしたよね。でも私はそうではなく、大学院までの専門は物理学でした。新卒で金融業界に入って、データやプログラミングで市場動向などを分析するクオンツとして働き、そこからキャリアチェンジをする中でデータアナリストに寄せていった流れでしたね。
輿石:私もデータ分析をするようになったのはヴァリューズに入社してからです。もちろん興味はありましたが、大学では経済学部だったので専門でもありませんでした。そもそも、データサイエンティストという職業自体の盛り上がりもここ5、6年の話ですよね。
タカヤナギ=サン:そうですね。例えば2019年4月に滋賀大学のデータサイエンス学部が生まれたように、大学でデータサイエンスを学ぶための本格的な機関ができ始めています。データサイエンティストが重要視され始めたのは最近でしょうね。
―だからこそ、データアナリストとしてのキャリアをどのように形作っていくべきだろうかと考える方は多いのかなと思いますが、いかがでしょうか。
輿石:まずそもそもですが、データサイエンティストと一口に言えど、結局何をやっている人がそう呼ばれているのか分からない、という問題もあるかもしれません。
牧山さん:確かにそうですね。業務内容は部署によっても違いますし。
輿石:僕なんかは強く感じますが、自分は「データサイエンス」をしていると言うより「データ分析」をしていると思っています。今「データサイエンス」と言われている仕事には、機械学習やディープラーニング、画像認識のような、やや小難しく感じられるものが多いと思います。
しかし、「データ分析」にはエクセルによる集計みたいな簡単な作業も含まれます。データにまつわる仕事内容は幅広いのに、「サイエンス」と一言で捉えると誤解が生じがち、といった状況もあるかなと思いますね。
タカヤナギ=サン:確かに、データサイエンティストが抱える悩みのひとつとして「幅広すぎて何やっているか分からない問題」はありそうですね。で、キャリアの問題についてはね…。個人的には「まあ、なんとかなるよきっと」って思うんですけどね。
牧山さん:でもやっぱりですね、私の本業の会社にはデータサイエンティストと呼ばれる方も多く働いているのですが、新人の方はよく「ロールモデルがいない」って言うんですよ。それは、確かにそうだねって思いますね。一応データサイエンティストが活躍しているとされる会社なのですが、ロールモデルがいないんです。
タカヤナギ=サン:うーん、なるほど。ロールがいない問題もありますが、それについては僕がいまのところたどり着いている結論があります。
僕は、データ分析者はプロダクトマネージャーを目指すのが一番いいと思うんです。なぜか。『INSPIRED 熱狂させる製品を生み出すプロダクトマネジメント』には「専任のデータ分析者を抱えられない場合も多い。なら、自分でやってしまおう」などと書いてあります。また、「プロダクトマネージャーが朝イチでやるべきは、自分のプロダクトのKPIのダッシュボードをチェックすることだ」ともあって。これはデータ分析者の事業チーム内での仕事そのもの。だからプロダクトマネージャーの仕事とデータ分析者の持つスキルは、相性がいいはずです。
タカヤナギ=サン:加えて言えば、データ分析者は自分が見ている数字の背景も分かるはず。例えばプロダクトがWebサイトだとして、KPIのダッシュボードに「ユーザーの滞在時間」が示されていたとしたら、それはどのように計算されているのか?という視点。Cookieべースなのか、ログインベースなのかといったデータ取得の裏側までしっかりと理解し、クエリを書いてダッシュボードを作る。このように、実感を持って数字を眺められるのはデータ分析者ならでは、だと思います。
同じ方向として、企業参謀的な立ち位置を目指すのもアリかなと思いますね。コーポレートやファイナンス部門で、社長の横について会社全体の陣頭指揮を取るといった業務は、実態としてプロダクトマネージャーにも似たところがあります。
タカヤナギ=サン:これらの共通点は、データサイエンス・データ分析のスキルを、自分が興味を持った領域と組み合わせているところです。そう考えて、キャリアの上でも2つを掛け合わせて戦う道を目指すのが、僕は良いだろうと思いますね。
牧山さん:私がひとつ思うのは、データ分析においてドメイン知識をしっかりと持っている人は強いなということです。例えばスポーツ用品店を分析するとき、スポーツに興味がある詳しい人が分析する場合と、そうでない人がする場合では、興味を持っている人のほうが良い結果が出ます。
加えて、データ分析の新しいツールがどんどん生まれていることによって、分析自体はますます簡単になっている。ということは、重要なのはドメイン知識なんです。好きなものを極めた人が今後強いはずですし、それはデータ分析者も同じだと思いますね。
マーケターがデータ分析をやる意味とは?
―ここからは、いわゆる「マーケター」と呼ばれるような方々の仕事についてお聞きしてみたいです。マーケターにとってもデータ分析は必須になってきていますが、一方で、データ自体を深く見つめて事業に活かして…というサイクルを回すのは、企業の環境によっては難しい場合があるとも感じます。まず、このあたりの問題についてはどのように思われるでしょうか。
輿石:ひとつ言えるのは、専業でデータを分析する担当者がいる会社は環境として良いですが、そうではない会社だとマーケターがデータも扱って…というのは、スキルがないとなかなか難しい状態ですよね。
マーケターはデータサイエンティストではないというスタンスだと、データ分析のスペシャリストを目指さなくとも、施策を考え、実行し、PDCAを回すといったマーケターの仕事をサポートする役割をデータ分析が担えれば良い、という考え方もあるのかなと。だから、マーケターがデータリテラシーを身につけた先にいったい何があるのか?という疑問はあるかもしれません。
タカヤナギ=サン:それについては、ロールモデルとして株式会社 刀の代表取締役、森岡毅さんが挙げられると思います。森岡さんは元USJのチーフマーケティングオフィサーとしてハリーポッターの新エリア開発などを主導し、落ち込んでいた業績をV字回復させた人物。例えば、著書である『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』を読むと、森岡さんがデータを使い尽くしたマーケターのトップオブトップであることが分かると思います。
牧山さん:同感です。例えばマーケターも平均値を見たりするはずですが、その「平均」の裏側にもなんらかの統計モデルが仮定されているわけですね。で、森岡さんはそこをさらに進め、数学の確率統計論を使ったマーケティングのためのモデルを作った。そしてそこから成功確率を考えている方です。
タカヤナギ=サン:そうそう。だから相当の戦略家ですよ。森岡さんはUSJにおいて様々な奇策を打ち出していて、一見博打を打っているようにも見えるのですが、実はそうではない。もちろん現場なので「えいや」で進めることもあるとは思いますが、データ分析と確率モデルによって精緻な計算をしているんです。そしてそれで大成功を収めた。
なので、輿石さんの質問に対しての返しとしては、これだけの方がロールモデルとしていらっしゃるのだ、です。「日本最強のマーケター」とも言われていますし、数学やデータはマーケターにとっても有用なはずと思います。
輿石:なるほど。
タカヤナギ=サン:あと、マーケターがデータを扱う時間がない問題に対しては、究極の答えとして「Rを使えば解決する」と言いたいですね(笑)。
輿石:まさにそうなんです。マーケターがぶち当たる壁が時間で、Excelで週報を作るのに丸一日かけている方もいらっしゃいます。統計解析言語の「R」はまさにそれを解決しますよね。
タカヤナギ=サン:あるいはBIツールのTableauのスキルでもいいと思います。さらに言えば、データベースを扱う言語SQLも使えると良いですね。Tableauのデータを操作するには、SQLを使ってデータベースを加工する必要があります。
データ×マーケターで言えば、SQLを触れる方は少数だと思いますし、人材としてもニーズが非常に高まるところだと思いますね。
▲輿石さんが、マーケター1年目の小幡さんに1からRを教えていくプロセスを、マナミナでは連載しています。Rでデータを扱えるようになりたいと考えている方、ぜひ小幡さんと一緒に勉強してみてはいかがでしょうか。
―では最後に、マーケターの方がデータ分析までカバーできるキャリアを目指すとしたら何を行うべきか、みなさまの考えをお聞かせください。
タカヤナギ=サン:私はやはり先ほどの話で「SQLを書けるようになれ」ですね。Rも良いんですけど、より手がつけやすいのがSQLかと思います。そうしてまず、データに対するハードルを下げることが大事です。もし会社にデータベースなんてないよ、という方であれば、Excel操作自体に加えてExcelのマクロやVBAに長けることを目指してはどうでしょうか。
もうひとつ、業務としてはA/Bテストに取り組むのが良いと思います。A/Bテストは成果がきちっと数字で出てくるのが利点。顧客基盤のデータベースを使ってメルマガを配信し、A/Bのどちらが効果的か検証するだけで、これは立派なデータマーケティングです。「データを使ってA/Bテストをした」というだけで人材としての価値は上がるので。
牧山さん:私は「意思決定の現場にいろ」ですね。データ分析は、意思決定をする人が施策の実行を判断するために行うもの。その現場にいられれば、データ分析の結果をすぐに役立てることができます。データ分析自体は最初は集計レベルで構いません。その上で様々な分析手法を学んでいくことで、この分析手法は今やっている分析に使えそうだ、などという発見があるはずです。現場にいることによって、解決したい問題と分析手法の結びつきが分かるようになり、価値のあるデータ分析のあり方も分かっていくはずです。
輿石:僕は「まず業務にどんなデータがあるか見てみる」をおすすめします。身近なデータには親近感も湧きますし、手元のデータを手元の意思決定を結びつけることもできます。そこから少しずつSQLやRを学び、データの扱い方を覚えていくこともできるはず。まずは身近なところから、一歩ずつ進んでみると良いんじゃないでしょうか。
―データ分析者とマーケターのあり方について、様々な角度からの議論をお聞きすることができました!本日はありがとうございました。
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