USJのマーケティング事例が注目される理由
2001年に開業したテーマパークUSJ。初年度の集客数は1100万人という好調なスタートを切りましたが、以降来客数は頭打ちになってしまいます。そして、開業から3年後の2004年には事実上の経営破綻状態に陥ってしまいました。
このような状況にあって、2010年にマーケター・森岡 毅氏が入社します。同氏の手腕によって2015年はおよそ1400万人を集客し、単月ではあるもののTDL(東京ディズニーランド)を抜いて、集客数日本一のテーマパークにまで成長しました。
このV字回復を実現した森岡 毅氏の手腕が注目され、インタビューや書籍など各所で取り上げられ、ビジネス書のベストセラーになるなど注目されました。森岡 毅氏はその後独立し、丸亀製麺や西武園ゆうえんちリニューアルなどのプロジェクトに関わっています。
USJをV字回復させた原動力とは?
森岡氏はさまざまな改革を打ち出していますが、その際に重視したのが「消費者視点(consumer driven)」という価値観です。
森岡氏は「ゲストが本当に喜ぶもの」と「ゲストが喜ぶだろうと提供サイドが思っているもの」が、必ずしも一致しないことに気づいていました。マーケティングでは、プロダクトアウトあるいは売り手目線の問題として知られます。
失敗するアトラクションやイベントを減らすには、消費者視点に立ちゲストが望むものだけを提供する必要があります。
失敗を減らすために森岡氏が立てた策は、アトラクションなどの企画・製作の仕組みをクリエイティブサイド主導から、マーケティング部主導の運営へ変更したこと。具体的には、まずマーケティング部が消費者のニーズを汲み取って、どのようなプロジェクトにするかを決定し、製作フェーズでもマーケティング部が随時、消費者のニーズや消費者視点から逸脱していないかを確認する流れとしました。
USJでは、このように徹底した「消費者視点」に立ったシステム構築により、企画の成功率を9割以上までに押し上げることに成功しています。
参考にしたいUSJ的「消費者視点」マーケティング戦略の事例
森岡氏が手掛けた成功例のなかから、代表的なイベントを4つ紹介します。消費者視点に立ったマーケティング戦略がどのようなものかを知るのに最適な事例になっています。
■USJの「ハロウィン・ホラー・ナイト」企画
関西のハロウィンイベントの代表例に成長したUSJのハロウィンイベント「ハロウィン・ホラー・ナイト」。このイベントは森岡氏がUSJに入社当初に手がけたもので、予算をかけずに集客しなければならない制約下で生み出されました。
来場者が仮装してパレードを楽しむ内容は、新たに設備を用意する必要があまりないため、安価に実行できる企画であり、森岡氏がターゲットを「ストレスを溜めがちで発散する場所が少ない若い女性」とし、その層が大声で叫んだり、騒いだりしても問題のない環境を提供する場所を提供する、というコンセプトで企画されたものです。
これは「どのように戦うか」を考える前に、「どこで戦うか」を正確に把握しなければならないという森岡氏の哲学によるものです。また、「ゲストはアトラクションを体験したときに起こる感情の変化を求めている」という森岡氏の持論に沿ったものです。
■USJの「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~」
既存のジェットコースターを後ろ向きに走らせる「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~」。アイデア自体はジェットコースターを逆向きに走らせるだけなのですが、コロンブスの卵的な発想が来場者の支持を得て、最高で9時間40分待ちという記録的なヒットにつながりました。
同じ設備でも得られる体験が変わる後ろ向きジェットコースターは、まさに森岡氏の持論「ゲストはアトラクションを体験したときに起こる感情の変化を求めている」に合致するものです。
■USJの「ユニバーサル・ワンダーランド」
「ハリウッド映画の世界を体感できるテーマパーク」というコンセプトでスタートしたUSJ。オープン当初は多くのアトラクションで身長制限が設けられていたため、利用できる客層が大人に偏っていました。
子供を連れて来場した森岡氏もこのような状況を実際に体験し、USJは小さな子供も一緒に楽しめないと感じ、親子で楽しめるエリア「ユニバーサル・ワンダーランド」をオープンさせます。
USJの「ユニバーサル・ワンダーランド」は、セサミストリートやスヌーピーなどの子供向けコンテンツを集約。子供向けの機能、母親向けのデザインにし、今まで取りこぼしていた層の獲得に成功しています。
USJは映画のテーマパークである、というこだわりを見直し、誰もが訪れて楽しめるエンターテインメントのセレクトショップにするというニーズベースの新たなコンセプト、これは売り手目線から消費者目線への転換と言えるでしょう。
■USJの新エリア「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」
「ハロウィン・ホラー・ナイト」「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~」「ユニバーサル・ワンダーランド」といった施策によって、USJの来場者数は右肩上がりに増加しましたが、それはあくまでも関西圏を中心としたものでした。
どんなに消費者視点を徹底できたとしても、関西圏中心の集客だと成長に限界があります。そこで森岡氏は日本全国から集客するための施策として、世界的、そして多くの世代からの支持を得ている「ハリー・ポッター」をテーマとした新エリア「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」を建設します。
これまで紹介した事例は比較的低予算でしたが、こちらは450億円という巨額を投資してアトラクションを充実させました。森岡氏の思惑どおり日本全国から人が集まり、来客数は加速度的に増加しました。
戦うべき場所を決め、消費者が望むものを徹底した消費者視点で分析した上で、勝負をかけるところでは巨額の投資も厭わない……この「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」にこそ、森岡氏のマーケティング哲学が凝縮されています。
森岡氏の“マーケティング・フレームワーク”
これまで紹介してきた事例を含め、森岡氏のマーケティング戦略は、自身による「マーケティング・フレームワーク」によるものとし、順を追って考えるとしています。
そのフレームワークの概要は以下のとおりです。
STEP.1:戦況分析
STEP.2:目的設定
STEP.3:目標設定
STEP.4:戦略決定
STEP.5:戦術決定
戦略立案から決定までのプロセスをこのように分類しています。以下、それぞれについて解説します。
■戦況分析
自社のリソースは無限ではありません。限られたリソースを武器に効率よく戦い、そして勝利するためには「勝ちやすい」場所を選ばねばなりません。そのためには「戦況分析」が必要です。
戦況分析にはいろいろな要素がありますが、いくつかの例として、自社はどのような会社か? どのような価値を提供できているのか? 類似する価値を提供している競合は? 地域社会の状況は? といったものを鑑みた上で、勝負すべき場所=勝ちやすい場所を探します。
■目的設定
戦況を分析し、戦うべき場所が見つかったら、次にそこで果たすべき目的(=ゴール)を設定します。
重要なのは、達成できるかできないか、ギリギリのラインを狙った目的にすることです。そして、社員の誰もが共有できるシンプルさ、目的達成の魅力度が高い、という2点も加えるのがベストでしょう。
なお、USJの目的(=ゴール)は「来場者数1100万人」を超える、だったそうです。この数字は初年度の最高集客数です。これは先に紹介した条件をすべて満たした好例と言えます。
■目標設定
目標=ターゲット、つまりどの層を狙うのかを決めます。消費者全体で見ると、ニーズは無数になりますし、購買欲なども千差万別です。したがって、ターゲットを明確に定めることにより、その層に向けた施策が重要になります。
別の言い方をすれば、売りたい顧客、逃したくない顧客を決め、その中での消費者視点を分析することが重要、となります。
■戦略決定
ここでの戦略とは、具体的に提供するモノ(サービス含む)とそれがどのような価値を消費者に提供できるか、となります。価値の中には「うれしい」「便利」といったポジティブな気持ちも含まれます。
USJを例に挙げますと「ゲストが求めているものはアトラクションではなく、アトラクションを体験した際に起こる感情の変化」であると森岡氏は定義しています。
モノ・サービスが消費者の手に届いたとき、どのような価値や感情を持ってもらえるかを「戦略」として考えます。
■戦術決定
戦術とは、商品やサービスの「売り方」とも言い換えられます。この売り方については、売り手視点の伝統的な「4P分析」が重要としています。
4P分析については以下の記事にて詳しく解説しています。ぜひ参考にしてみてください。
4P分析は企業が販売戦略を決める際に使わるフレームワークでProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販促)の頭文字を取った用語です。ニーズを満たした製品を、適切な価格で適切な流通で効率よく販促できれば、売上拡大につながります。
まとめ
現在では、かつて経営危機に陥っていたとは思えない人気・来場者数を誇るUSJ。V字回復の原動力となったのは、森岡氏による徹底した「消費者視点」によるマーケティング戦略によるものでした。
USJ、森岡氏のマーケティング戦略は異業種でも参考になる部分は多いはず。なお、ご本人によるマーケティング戦略の書籍も、参考にしてみてはいかがでしょうか。
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