事業を成長させる上では、ユーザーのニーズを深く理解した上で戦略を実行するのが重要です。ユーザー理解のための調査を効果的に設計し、実施したいと考えている方は多いでしょう。
しかし「効果的な調査設計」とは何なのか、しかも一般論でなく自社の組織の実態に合わせて個別に考えていくとなると、なかなか難しい問題です。最初は調査予算もないはずなので、まずGoogleフォームなど無料でできる小さな調査から実績を出し、幹を太くしていくのが大事です。ただ、そのためにはどうすれば良いのかと考えると、何をどう考えていけばいいか迷う場合も多いのではないでしょうか。
そこで今回はリサーチャーの菅原大介さんに、組織のなかでマーケティング・リサーチの活動を根付かせていくため、という観点から、重要な4つの視点を解説いただきました。ぜひ実務の参考にしてみてください。
▼関連記事:ユーザーの知られざるインサイトを捉えるアスキング調査では「質問の尋ね方」が重要……。前回の記事ではユーザー理解の調査を成功に導くための方法や考え方を詳しく解説いただきました。ぜひこちらも併せてお読みください。
ユーザー理解では「質問の尋ね方」が重要。アスキング調査で見える「第3の選択肢」が事業をドライブさせる
https://manamina.valuesccg.com/articles/1602最近マーケターの間であらためて注目されている「ユーザー理解」の方法について、「質問の尋ね方」が重要と考えるリサーチャー・菅原大介さんに取材します。その思考法や、アンケートやインタビューなどアスキング調査の意義、調査の枠組みの考え方など、事例を豊富に交えながら語っていただきました。
「調査に意味がない」と思われる原因は…?
――リサーチを成功させるためのポイントの1つ目とは何でしょうか?
菅原大介さん(以下、菅原):1つ目は「調査アウトプットの原理を知る」ということです。まずは調査がどのような枠組みのもとに行われるのか、原理を理解しておくことが大事です。次の図によくある調査のアウトプットモデルをまとめました。
リサーチを成功させるためのポイント①「調査アウトプットの原理を知る」
菅原:調査活動が信用されない原因の一端は報告書にあります。一般的に、周りからうまくいかなかったと思われる調査では、よく「このデータは使えない」と批判を受けるんですが、そうではないと私は思います。むしろ、そのデータは出るべくして出ている。
たとえばですが、上の例では結論として「1.安さ 2.早さ 3.旨さ」が求められているとされています。実際こういうレポート結果はよく出てくるんですが、指摘されたところで「それくらいわかってるよ!」と言いたくなりますよね(笑)。まるで吉野家のコンセプトのような報告が出てきがちなのは、調査の企画時点でテーマを絞りきれていない、全部入りの調査票が元凶です。
――吉野家のコンセプト(笑)。
菅原:よく考えると不思議な現象ですよね。調査の前段階では欲しいデータを伝え、アウトプットでもそれを出しているはずなのに、施策に活かされない。データ自体に罪はなく、企画や分析のやり方が良くないんだと思います。この問題点は気づいている人も多いと思いますが、自分の業務のなかで実行していくのはけっこう難しいですね。
▼関連記事:「日本では統計のための調査や、アセスメントのための調査の重要性は理解されているが、欧米に比べて新しいアイデア探索への投資が少ない」と菅原さんは指摘します。こちらのnote記事「リサーチのトレンド2021年」もぜひ併せてお読みください(マナミナでセミナーも実施します)。
「#リサーチハック」で振り返る、リサーチのトレンド 2021年|菅原大介|リサーチャー
https://note.com/diisuket/n/na13043fded7dリサーチのノウハウ・トレンドをTwitter上で発信する「#リサーチハック」の中から、リサーチ業務従事者あるいは調査業界にとって今年の象徴となるトピックス(調査テーマ・調査サービス等)を、2021年の振り返りとして下記5つの項目にまとめました。 ※記事の最後に、このテーマでゲスト出演するセミナーのお知らせもあります。よかったら最後までご覧ください。
「担当者」と「本部長」の2つの視点が大事
――では、「ちゃんと使える」調査をするためにはどうすればいいのでしょうか。
菅原:まず「調査テーマを組織図で棚卸する」ことが大事です。
リサーチを成功させるためのポイント②「調査テーマを組織図で棚卸する」
菅原:調査を実施しようとするときに、通常は自分の持ち場のみで調査テーマを理解しがちです。しかし自身の担当範囲のスコープのみで考えてしまうと、調査活動はあまりうまくいきません。そして調査予算も減っていく……という悪循環が生まれてしまいます。
使える調査を実施するためには、図の「上から下」の順のテーマで当期目標・重点施策に合わせて提案していくと承認を得られやすくなります。たとえば、SNS担当者がSNSの調査をしたいと言っても粒度が細かすぎてなかなか承認されません。そこで最初はブランド戦略調査を実施することとし、その流れのなかでSNSの項目を入れてもらう。そういう考え方をすることによって、調査を始めるきっかけを作れるんです。これが縦の「担当者の視点」です。
――なるほど。
菅原:使える調査を行うためにもうひとつ重要な視点が、横の「本部長の視点」です。名称は別に本部長に限らずGMでも部長でもいいのですが、要は調査データの価値を最大化させていくとき、「他の部門でもこのデータを使う人はいないかな」と考えるんです。そして一緒に成果を出していける部門を見つけ出すのが重要です。
たとえば、経営本部の広報活動で調査リリースを出すとしましょう。そのため広報は調査を行うのですが、同じタイミングで企画本部がキャンペーン運営を行うという情報を得たとします。そこで、広報で実施する調査にキャンペーンについての項目を盛り込むといった連携を行えば、キャンペーンの運用結果に調査を使うことができ、より成果が上がるはずです。
実は調査をきちんと業務成果に結びつける点では組織理解がかなり重要なのですが、あまり周知されていません。調査費がもらえない場合は、縦の視点で通りやすいテーマを洗い出す。調査データの価値を最大化させるためには、横の視点で成果を最大化させる。これを意識するだけで調査が実施しやすくなるのではないでしょうか。
調査手法の組み合わせを理解しよう
――次にリサーチを成功させるための3つ目のポイントについて教えてください。
菅原:3つ目は「調査手法のバリューセットを選ぶ」としています。手法について熟知しておくべきという内容ですね。
リサーチを成功させるためのポイント③「調査手法のバリューセットを選ぶ」
菅原:これまでそんなに調査を実施してこなかったやり始めの人にとっては、メインの調査手法としてアンケートのみ、あるいはインタビューのみで終わることはよくあります。それは全然良くて、できる調査手法のなかで成果を出すのが重要かと思います。
今でこそ僕はメインやサイドも含めて多様な調査を設計して実施していますが、調査組織のゼロからの立ち上げを2回やっています。まずはDIYのリサーチで成果を出していって、徐々に調査予算を獲得していき、調査会社を使ったりと手法を広げていきました。いずれにしろまだ調査文化が根付いていない場合、まずは無料のGoogleフォームなどから始めていくのが良いでしょう。
――調査を既にある程度実施している方ではどうでしょうか?
菅原:調査手法が単一になっていないか注意してみてください。Webアンケートあるいはインタビューのどちらかに専念しているなど、単一の手法のみ実施しているケースは意外とよく聞きます。しかし幅を広げることによって見える世界が変わってくるんですね。このプロジェクトでは有料のレポートを買う、あるいは専門家へのインタビューを行う、などといったレパートリーを意識して成果を出していきましょう。
▼関連記事:マナミナでは、菅原さんがGoogleフォームを使った無料アンケート調査の設問設計について解説する連載を公開しています。ぜひ併せてお読みください。
Googleフォームでつくる「利用者アンケート」テンプレート(BtoC編)|きほんのアンケートフォーム
https://manamina.valuesccg.com/articles/1482リサーチャーの菅原大介さんが、ウェブ担当者が業務の中でよく使うアンケートフォーム作成のコツを解説してくれます。今回のテーマは「利用者アンケート」(BtoC編)です。フォームに入れておきたい基本項目+ビジネスをドライブする発展項目=計7つの質問を紹介します。ご自身のスキルアップ用や、社内の担当者教育用に、ぜひご活用ください。記事の最後には、エクセルのチェックリストのダウンロードリンク+Googleフォームのサンプルを含むYouTubeの解説動画へのリンクもあります。
目的と手法が一致した「意思決定に寄与する」調査とは
――リサーチを成功させるための最後のポイントは何でしょうか。
菅原:「調査の目的と結果を一致させる」ということです。これまで話してきた3つのポイントに則って調査を進めていれば、アウトプットは冒頭でお話ししたような「吉野家のコンセプト」のようなものでなく、示唆に富むものになっているはずです。
リサーチを成功させるためのポイント④「調査の目的と結果を一致させる」
菅原:先ほどからお伝えしているとおり、使えない調査レポートはテーマ自体を絞りきれていない場合が多いです。そして調査の目的を「顧客理解のため」とか「目標達成のため」「販促効率を上げるため」などと、なんとなく置きにいった表現で書いてしまうんですね。ですが厳しいことを言うと、それではうまくいきません。報告書などのアウトプットでは、調査の背景と対象者、手法、それを使ってどういう結果を導き出したのか、といった点をしっかり反映するべきです。
――具体例についても解説いただけますか。
菅原:分かりました。ここではフルーツ(みかん)のアンケート調査の例を挙げています。まず調査目的では「健康増進プログラムの開発」にあたり、「喫食体験を調査」し、「品目や販売促進方法をまとめる」と具体的に書き出しています。一見普通に見えますが、「顧客理解」といった大上段の粒度にしないことが大事です。
次に、下の点線の枠内では得られた調査データの例を記載しています。①の喫食時期については、冬から春が主だが、夏場もある程度食べられていて需要があるということが分かりました。②の購入理由では、アンケートでいくつか選択肢を用意しておいた結果「健康に良い」「まとめ買いできる」「食べ切れる」といった点が上位に。
③の喫食体験では食べてみてどう思うのかをインタビューで聞きました。すると「ビタミンを摂取できるから好き」とか「風邪を引かないために常備して食べる」といった回答を得られました。これらはアンケートだけではなかなか取得が難しい、役に立つ定性情報です。
調査結果として、みかんは通年で需要がありそうという点がうかがえます。そこで、定期購入者の送料を優遇し、定着率を向上させる施策が考えられるでしょう。また、健康を意識した購入者もいることから、飲料や医薬品の訴求策を横展開できそうといったことも考えられます。
毎回ここまでハマるかは分かりませんが、できるだけこのような状態に近づけるべきです。そうすれば「この調査はやって良かったね」という話にもなりますし、意思決定に寄与するデータになります。冒頭の「吉野家のコンセプト」のようなレポートとは全然違いますよね。
最後に…調査を始めたい人は一歩目に何をすべき?
――たとえば、定点調査に予算をかけて毎年同じ質問をしているけれども、数年立ってもあまり結果が変わらなく、だんだん上層部から調査の意味を問われてくる……というのがよくあるケースかと思います。そんな状況を打破するための第一歩として、担当者が行うべきことは何だと思いますか?
菅原:まさにおっしゃるとおり、よくある状況ですね。これに対する答えはなかなか難しいですが……自社のコアバリューがどこかを見極め、そこに紐づく調査テーマにフォーカスするのが良いと思います。「2.調査テーマを組織図で棚卸する」に戻って考えてみましょう。
たとえば営業に強みを持っている会社だったら、エリア戦略にフォーカスするところから始めてみます。そしてその調査結果を事業に活かし、成果を出していく方法を取るのです。営業活動では新規を取っていくのが重要ですが、エリア戦略は新規獲得と紐づくテーマで重要です。
逆にプロダクト開発に命を捧げている会社の場合は、プロダクト開発に紐づくリサーチをして成果を出していくというふうに、自社のコアバリューに近い位置から始めるのが良いやり方だと思いますね。
あと、私自身は普段からいろいろなユーザーアンケートを解いてTwitterで一部を紹介する活動をしているのですが、そのなかでメルマガやアプリなど自社サービスのなかでアンケートを内製して、実施しているケースを最近よく見ます。それらは定点的な満足度調査も多い印象ですが、ちゃんとプロダクトを改善するアイデアを拾ったり、ユーザーの興味関心を拾ったりしている場合も多々あるんですね。こういった自社が持っているタッチポイントを強みと捉え、そこから調査を実施していくのも方法だと思いますよ。
調査をしたいと思っているのに一歩目が踏み出せない方は、組織内の強みにフォーカスをし、費用をかけずにどうやっていくかを考えていくことが大事です。リサーチに興味をお持ちの皆さんが、リサーチによる成功体験を積み重ねられるよう、祈念しています。
▼関連記事:前回の記事では、ユーザー理解の調査を成功に導くための方法や考え方を菅原さんに詳しく解説いただきました。まだお読みでない方はぜひ併せてご覧ください。
ユーザー理解では「質問の尋ね方」が重要。アスキング調査で見える「第3の選択肢」が事業をドライブさせる
https://manamina.valuesccg.com/articles/1602最近マーケターの間であらためて注目されている「ユーザー理解」の方法について、「質問の尋ね方」が重要と考えるリサーチャー・菅原大介さんに取材します。その思考法や、アンケートやインタビューなどアスキング調査の意義、調査の枠組みの考え方など、事例を豊富に交えながら語っていただきました。
▼参考記事:また、本記事の内容は菅原さんのnote記事でも詳しく解説されています。ぜひそちらも併せてご覧ください。
リサーチを始める前に知っておきたいこと|菅原大介|リサーチャー
https://note.com/diisuket/n/nd52911277358「リサーチって何から始めたらいいですか?」(自分もこれから業務の中に取り入れていきたいのですが)―日頃リサーチについてのノウハウ・トレンドを発信していて、ゲスト出演するセミナーの場やクライアントの皆さんから私がよく聞かれる質問です。 この問いはシンプルかつ本質的で、「できそうなこと・参照できるもの」はいろいろあるけれど、周りに気軽に聴ける人がいない、組織内にやっている人がいない、という状況を表しています。
マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。