AIは知的労働の代替に使うべき。ビジネスの下請け化を食い止めるために日本企業がすべきこと

AIは知的労働の代替に使うべき。ビジネスの下請け化を食い止めるために日本企業がすべきこと

データ・AIのビジネス活用が進まない理由はどこにあるのでしょうか。企業のAI活用コンサルを行う、株式会社FUTURE VALUES INTELLIGENCE代表の萩原静厳さんは、その理由を「ビジネスサイドとデータ分析サイドの溝がある」からだと話します。必要性が高まっているAIのビジネス活用について、マナミナ編集部は萩原さんに取材しました。


AIのビジネス活用、国内の現状は

データやAIのビジネス活用では、企画やマーケティングサイドの人とデータサイエンティストの溝が深いという現状があり、そこを誰が埋めるのかという問題が一番大きいです。だからどちらかが頑張って歩み寄らないといけない、ということを常々言ってきました。

ビジネスサイドはデータサイエンティストに対して「データやAIを活用して新しいことに取り組めないか?」と言うのですが、それがどういったものかをデータサイエンティストが分かるまでには労力や時間がかかるわけです。データサイエンティストは「課題設定してくれないと分析できない」と考えている一方で、ビジネスサイドがデータ分析の技術を分かるまでにも時間がかかる。だから溝ができています。

萩原静厳(はぎわら・せいげん)
2014年より株式会社リクルートマーケティングパートナーズにてビッグデータエバンジェリスト、リクルート次世代教育研究院にて主席としてデータ/AIを活用した事業づくりや東大松尾研との共同研究をはじめ産官連携共同研究などを推進。2016年よりデータ解析コンサルティング会社「株式会社 FUTUREWOODS」取締役に就任。さらに、2018年12月より株式会社FUTURE VALUES INTELLIGENCE代表取締役社長に就任。

では海外はどうなのでしょうか? アメリカでは経営者自身がビジネスへのデータ活用を考えます。むしろ考えられないと経営者になれない。IBMの女性CEOであるジニー・ロメッティは元々システムエンジニアで、その後マーケティングや戦略をやっていた人です。マイクロソフトのCEO、サティア・ナデラもエンジニアでした。しかし日本の大企業の社長は営業出身が多く、政治力で時期社長が決まることも多い。

テクノロジー企業がグローバル市場で勝っていく時代ですから、このような溝の問題は日本企業の競争力にダイレクトに関わります。アメリカは英語圏の20億人が主戦場で、中国は国内15億人の市場があります。またヨーロッパはGDPRによって7億人の経済圏を作ろうとしている。かたや日本は1億人なので、勝つためにはグローバルに出るしかないはずです。

ただ、そもそも日本はグローバル市場で戦うべきなのかという疑問もあるかもしれません。日本は今でも世界のGDPの約6%を占めています。国内市場で充分なのではないかという考えもしばしば見られます。

よく日本のスタートアップが10億〜20億くらいのスケールでエグジットしてしまう、ということが起こっていますね。ある程度のお金持ちになって満足するのかもしれませんが、しかし事業はそれ相応の規模感にしかなりません。一方で、現在も次々とアメリカのサービスが上陸しています。Google、Amazon、Netflixなどなど……。それらを日本人は当たり前のように受け入れてしまっていますが、これだと日本という国を考えたときは厳しいのではないでしょうか。

大きく2つあるAI活用。日本での勘違いとは

ここで少し私の話をします。私はリクルートでマーケティングをやっていたときにビッグデータというものに出会いました。それまでは施策の最適化のためにA/Bテストを行っていましたが、パターン数は多くても10個ほどしか作れません。しかしビッグデータだと無数にパターンを作れる。すると、それまで頑張ってパターンを作っていた人たちの生産性が開放されますよね。これがビッグデータやアルゴリズムの大事なポイントです。

つまり、マーケティングは事業をスケールさせるために行いますが、それがAIでもう一段改善されるということです。事業のスケールにおいてビッグデータやAIが大きな力を持つことを肌で感じ、私はこの領域に携わるようになりました。

現在はデータ・AI活用を目指す事業会社の方々にコンサルティングを行っています。AIを使ったビジネス戦略の「絵を描く」段階からお手伝いすることが多いのですが、その際には「いまあるデータを通じて何ができるのか」を考えるのが重要な一歩目です。

ソフトバンクの孫正義さんは、AIのもっとも大事な役割はプリディクション(予見)だと語っていました。AIはデータを元にアルゴリズムを作ります。なので、データがないとそもそもAI活用はできません。AI活用と言うと0からの新規事業をイメージする方も多いですが、実は既存事業を元に進めるのが正攻法なのです。だからこそ「今のデータを活用して何ができるのか」を考えることがスタート地点となります。

私が様々なプロジェクトを進める中で感じたのはやはり、「ビジネスをどう改善させるか」という戦略の絵が描けない方が多いということでした。これはなぜなのでしょうか。国内のAIに関する議論を整理することで、そのひとつの理由が見えてくると私は考えています。

日本では画像解析とロボットの話がAIに関してとても多いという状況があります。しかしグローバルのAI関連事業では、画像解析のシェアはとても少ないんです。アメリカのコンシューマビジネスでは予測をして生産性を高めることに注力しています。また、インダストリーに強いという意味で日本と近しいヨーロッパでは、AIは物流の改善に使われています。例えば船の航路におけるAI活用では、もっとも燃費が良く、かつオンタイムで現地に着く航路をAIで判断し、操舵者にガイドする仕組みを作っている会社もあります。

AI活用と言うとき、データ分析を肉体労働の代替に使うか、知的労働の代替に使うかで大きく2つに分かれていると考えています。肉体労働は、例えば今まで人が目検でチェックしていたものを画像解析でオートメーションするような領域。一方、知的労働は状況のトラッキングをして生産性を高め、マーケティングにつなげる領域です。

前者のいわゆる産業オペレーションの領域は、人の仕事をなくすものになります。いままで人がやっていたことをAIがやるようになりますが、これはコスト削減の話にしかなりません。そしていまの日本企業が考えていることの大半は肉体労働側になっています。一方、データ・AIを事業成長に結びつけようとしっかり考えているアメリカやヨーロッパの企業は、データでどうマーケティング力を向上させるかに目を向けています。

つまり日本では、AIが画像解析やロボットの話に結び付けられがちなために、地道な改善やマーケティングの取り組みにデータを使うべきだという目線が見過ごされがちだったのではないでしょうか。

確かにロボットは24時間動かせるので生産力は高まります。しかしよく考えたら、売り先を拡大しなければいくら生産力を上げてもどうしようもありません。事業が伸びなければ人が必要なくなるだけです。それを分かっているAmazonのような企業は、現場の社員を再教育したりもしています。いずれにしろAIやデータを何に使うかを議論するのは大事で、それには経営やビジネスの視点が必要不可欠でしょう。

私のコンサルティング業務の中では、データサイエンティストに事業づくりの講座を行ったりもしています。ただ分析をするだけでなく、業界調査や顧客調査をして、どこに打ち手を打てばお客さんがついてくるかを考えるトレーニングです。また逆に、マーケティングサイドの方々にデータ分析についての講演をする機会も増えてきました。データサイエンティストとビジネスサイドの溝がAI活用の大きなハードルとなっていることは冒頭でお伝えしました。この現状を変えていくことがもっとも重要になりますが、そのためには経営者の意思決定も重要です。

今年10月にBCGがAI関連調査レポートを出しましたが、そこでは「CXOがしっかりとコミットすべき」と報告されていました。AIを技術として活用し事業をスケールしようと思えば、必ず事業体や組織も変わっていきます。そしてそれを動かせるのはCクラスだけです。経営者がコミットすべきという意見は既にグローバルでの周知の事実で、それは間違いないでしょう。

コマツ、ミスミに見るAI活用の勝機

AIのビジネス活用における日本企業の課題を挙げてきましたが、成功している企業もあります。よく私がセミナーなどでお話ししている例としては、建設機械メーカーの小松製作所さんがあります。

コマツさんではもともと自社の建機にセンサーをつけて故障予知をしていましたが、途中からそれにIoTセンサーとカメラをつけて、工事現場全体を把握する取り組みを行いました。そしてそれがうまくいってきたので、今度は自社の建機以外にもセンサーを設置して、工事現場全体を把握するプラットフォーム「LANDLOG」を販売し始めました。つまり違う商売を始めたわけです。これは自社が持っているデータを使って新しいビジネスを生み出した好例でしょう。ただ、コマツさんはそれまでにトータルで15年かかっています。Cクラスがコミットしたからこそ長期的に取り組めたのだと思います。

小松製作所「LANDLOG」サービスページ

もうひとつの例は、製造系で部品メーカーのミスミさんです。もともと自社で機械加工製品の製造・販売を行っていましたが、インターネット時代に伴って自社以外の競合製品も載せたECサイトを作りました。

そしてここ1,2年は、部品設計ソフトであるCADにお客さんがミスミさんのアドオンを入れると、自動で見積もりを出せるというサービス「meviy」も提供しています。そのアドオンを使えば、お客さんは欲しい部品をCAD上で設計したあと、材質や形状などから見積もりを確認して発注まで行うことができます。すべてをCAD上で完結させられるわけですね。システムにはAIが使われており、ミスミさんはひとつひとつ時代を見ながらビジネスを行っています。

これらの例では、おそらく経営層もプロジェクトにしっかりとコミットしていたはずです。そして現場レベルでデータとビジネスの両方が分かる人がひとりでもいれば、AI活用の現状は変わっていく。しかしなかなかそこが出てこないんですね。

日本は下請けで良い? AIへの感度を高めよ

今年ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが日経ビジネスの取材で、「日本の自動車メーカーは下請けになっちゃうかもしれない」と笑いながら言っていました。また、私はあるメーカー企業の方から「下請け戦略もありますかね?」と聞かれたこともあります。そういう戦略もありますが、うまくやらないと本当に潰されます

例えばJDIはApple製品のディスプレイを作っていますが、コンシューマサイドを握られているので業績はApple次第になっていますよね。自動運転に関しても、いまや上位3社はGoogleのWaymo(ウェイモ)とGMとFordで、大体この3強になるのではないかと思っています。そしてWaymoは日産が組んでいて、GMはトヨタが組んでいる。メーカー側も頑張っていますがなかなか技術的に追いつけていません。3強にコンシューマサイドを握られて、彼らの技術を使って車を作ることになれば、日本の自動車メーカーは本当に下請けになってしまうでしょう。

このまま行けば日本は「一億総中流」から「一億総活躍しない」になって、現在の東南アジアの国々と1人あたりGDPが変わらないような時代になっていくかもしれません。確かにそれでも一応の幸せは得られるけれども、それだと窮屈じゃないですか? グローバルで戦えないのは、僕は窮屈だと思ってしまいます。

でも私は、日本の技術や繊細さはグローバルで見ても必ず有益性があると思っています。テクノロジーに負けず、それをどう使うかといったソフト面でできることはあるはず。だからこそ私はビジネスに携わる方々に、データ・AIへの感度を高めてほしいと思っています。日本の状況とその背景を知り、自分の事業領域でデータやAIを活用したらこんなことができるんじゃないかと想像できるようになってほしい。そしてそのために知識と野心を持ってほしいです。

最初に私がAI領域のプロジェクトを始めたときは、成功の確証がない中でとにかく予算を捻じ取っていきました。そのために知識を蓄え、積極性を持ち、アイデアを考え続けました。だから始めは小さなアルゴリズムをひとつ作るでも良いと思います。もしくは外部の知見を使ってでも良いでしょう。感度を高く持ち、知識を得て、あとは自分に与えられたミッションをどんどんはみ出してチャレンジすれば良いと思います。きっと、そんなふうにトライすることは面白いと思いますよ。

AIコンサルティングのFVI

この記事のライター

マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。

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