行動経済学がもたらすコロナ時代の行動変容

行動経済学がもたらすコロナ時代の行動変容

新型コロナウイルスの蔓延により、マスクの着用、密閉空間、密集場所、密接場面の三密回避、ソーシャルディスタンスの確保、消毒といった対策が取られるようになりました。これらは法的な強制力やペナルティ、そして報奨がないものも多いですが、人々の協力のもとに達成されています。なぜ人々が協力して「コロナ対策」に取り組むのか、またそれを促進できるかに、「行動経済学」が役立つと考えられています。


コロナ対策に用いられる行動経済学の概念「ナッジ」とは

ソーシャルディスタンス

「ナッジ」とは、2008年、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授とハーバード大学のキャス・サスティーン教授が発表した概念です。

英単語としての「ナッジ(nudge)」は、「肘などで軽く相手をつついて注意をうながす」という意味です。行動経済学の用語としては「望ましい自発的な行動を促す手法」となり、ある目的を達成したいと考える人に対してそのための行動を促進するもの、そして、具体的な目的を持っていない人に対し、理想を持たせて行動させるという2つのパターンが存在します。

有名なナッジの例として、人は的(まと)があるとそこを狙いたくなる心理を利用し、男性用トイレの小便器にハエの絵を描いた事例や、タバコのポイ捨てをさせないよう「世界一のサッカー選手は」という質問を掲げ、その前にメッシ選手とロナウド選手の名前をつけた吸い殻入れを設置し、いずれかに吸い殻を入れさせる(=投票できる)といったものがあります。これらはいずれも清掃コストを抑えるのが主たる目的で、その実現のためにナッジによって人々の行動変容を促したことになります。

このようにナッジは世間一般で言われる「良い」行いをするように促しますが、人々に「やらされている」感を持たせず、進んで行動してもらえるようにするのがポイントです。

行動経済学の“ナッジ”とは?環境デザインで望ましい自発的な行動を促す

https://manamina.valuesccg.com/articles/1434

行動経済学で使われる「ナッジ(nudge)」は、聞き慣れない英単語でしょう。報酬によるインセンティブや罰則によらず、環境デザインによって望ましい自発的な行動を促す手法で、政策やマーケティング・UI/UXなどに活用されています。ナッジの事例やナッジの作成に役立つフレームワークを紹介します。

基礎から学ぶ!行動経済学の入門書籍18選

https://manamina.valuesccg.com/articles/1145

経済学に心理学を組み合わせる「行動経済学」はマーケティングと親和性が高いと言われます。行動経済学をビジネスに生かすには、よくまとまった本で学ぶのが近道です。今回は行動経済学書籍を18冊紹介します。

マーケティングで活用がすすむ「行動経済学」とは?

https://manamina.valuesccg.com/articles/1147

経済学や経済行動に心理学を交えて分析する「行動経済学」。サンクコストや現状維持バイアスなど有名な理論も含まれ、2017年にリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞し、さらに注目を集めるようになりました。今回は、行動経済学と経済学の違いから行動経済学をビジネスやマーケティングにどのように落とし込んで実践するかを解説します。

ナッジを用いたコロナ対策事例

新型コロナウイルス対策

コロナ対策の促進・定着に向けて出されたメッセージ群は、ナッジの概念を応用して行動変容を促したと理解することができます。以下、具体例を紹介します。

「全国の若者の皆さんへのお願い」

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が「全国の若者の皆さんへのお願い」として発したメッセージの一部に次のようなものがあります。

「皆さんが、人が集まる風通しが悪い場所を避けるだけで、多くの人々の重症化を食い止め、命を救えます。」

単に「人が集まる風通しが悪い場所を避ける」、つまり三密の回避を促すだけではなく、「多くの人々の重症化を食い止め、命を救えます」という一文を付け加えることによって、三密の回避という自分の行動が他人に良い影響を与える、という人が一般的に持っている「利他的な気持ち」に訴えかけ、行動変容を促しています。

「人との接触を8割減らす、10のポイント」

厚生労働省が発表した「人との接触を8割減らす、10のポイント」。なにげなく書かれているように見える10個のメッセージにも行動変容の工夫が施されています。

行動心理学によれば、人は実際の損失よりも過大に捉えがちであることがわかっています。
・飲み会や帰省は避けて(損失感が大きい)
・飲み会や帰省にはオンラインを活用(言っていることは同じだが損失感が小さい)

これらのメッセージはいずれも禁止事項であったり、今までの行動を制限するものですが、損失をなるべく感じさせず、さらに利得感もあるような文言に工夫されています。

・帰省や飲み会ができない、のではなく、オンライン(ビデオ通話)であれば帰省を実現できる。
・筋トレやヨガができない、のではなく、自宅で動画を活用すればOK

ソーシャルディスタンスの確保

りそな銀行では来店者用の3人がけソファー中央に同社のキャラクター「りそにゃ」のぬいぐるみを置いて、来店者が自然に間隔を空けてソーシャルディスタンスを確保できるようにしています。

このように来客者用のシートに物を置いて間隔を空ける施策は他でも見られるのではないでしょうか。スーパーやコンビニのレジ前に等間隔にシールを貼って、密接にならないようにしている工夫もよく目にします。

手指消毒の促進

京都府宇治市の市役所入口に設置した手指の消毒用アルコール。これにさらに気づいてもらうため、床に黄色のテープを矢印型に貼りました。これによって、来庁者は自然とテープに沿って歩き、消毒用アルコールで手指の消毒行動を起こします。テープ貼付前と比較すると消毒用アルコールの利用者がおよそ1割増加した、というデータがあります。

この取り組みは第16回日本版ナッジ・ユニット連絡会議で紹介され、その後、ほかの自治体でも同様の取り組みが行われるようになりました。

ナッジが利他の精神に訴える

マスクをした飲食店利用

これまで紹介したナッジを応用した施策は、多くの人が持つ「利他の精神」を刺激するものと言えます。小池都知事の「感染しない、させないという意識をもって行動してほしい」という発言にもそれは現れています。

「感染しない」のは自分自身の利益となり、「感染させない」は他人への利益となります。社会的に望ましい、感染を広げないような行動を取ってもらうためには、もともと人が持っている「他者の利益になるような社会的行動を取る」という原則を利用し、利他の精神に訴えているのです。

まとめ

三密の回避、ソーシャルディスタンスの確保、手指の消毒といった、今やあたり前になった新型コロナウイルス予防対策ですが、今までそれほど重視されなかったこうした行動の変容の実現は、行動経済学におけるひとつの概念「ナッジ」によるところが大きいと言えます。

しかもこうした行動変容の特筆すべき点は、罰則や報酬がなく、さらに強制感も持たせないことです。人が自然に(それほど意識せず)行動するよう促す……これがナッジ、行動経済学のポイントです。

この記事のライター

マナミナは" まなべるみんなのデータマーケティング・マガジン "。
市場の動向や消費者の気持ちをデータを調査して伝えます。

編集部は、メディア出身者やデータ分析プロジェクト経験者、マーケティングコンサルタント、広告代理店出身者まで、様々なバックグラウンドのメンバーが集まりました。イメージは「仲の良いパートナー会社の人」。難しいことも簡単に、「みんながまなべる」メディアをめざして、日々情報を発信しています。

関連するキーワード


行動経済学 コロナ影響

関連する投稿


行動経済学の“ナッジ”とは?環境デザインで望ましい自発的な行動を促す

行動経済学の“ナッジ”とは?環境デザインで望ましい自発的な行動を促す

行動経済学で使われる「ナッジ(nudge)」は、聞き慣れない英単語でしょう。報酬によるインセンティブや罰則によらず、環境デザインによって望ましい自発的な行動を促す手法で、政策やマーケティング・UI/UXなどに活用されています。ナッジの事例やナッジの作成に役立つフレームワークを紹介します。


行動経済学の入門書籍24選!教科書や今人気のベストセラーも紹介

行動経済学の入門書籍24選!教科書や今人気のベストセラーも紹介

経済学に心理学を組み合わせる「行動経済学」。マーケティングとの親和性の高さ、そしてマーケティング活動のためのヒントがあるとされており、さまざまな場面で活用が進んでいます。行動経済学をビジネスに活かすには、そのエッセンスがよくまとまった本・書籍で学ぶのが近道です。今回は、ベストセラー本から教科書的なものまで、行動経済学についてまんべんなく学べるよう、24冊のおすすめ本を紹介します。


行動経済学のマーケティング活用事例21選

行動経済学のマーケティング活用事例21選

行動経済学の活用事例を沢山まとめました!バイアスやサンクコストなど、一般にもよく知られた理論を含む行動経済学は、マーケティングの現場でも活用が広まっています。従来経験的に知られていた販促テクニックが理論的に補強されたことで、より再現性がある形になったことがメリットです。 それでは、行動経済学のさまざまな理論や現場で使える活用例を見ていきましょう。


若者は海外旅行に積極的?最新の旅行需要を調査。航空会社大手、LCCの集客動向は

若者は海外旅行に積極的?最新の旅行需要を調査。航空会社大手、LCCの集客動向は

全国旅行支援や新型コロナウイルスの5類移行の影響もあり、徐々に人の移動が活発になってきました。今回は、昨今高まっている旅行需要に注目し、検索データを通じて旅行や観光への人々の関心を調査します。また、各航空会社の集客層の違いについても比較していきます。


動画配信サービス最新動向!コロナ初期~現在までの利用実態を調査

動画配信サービス最新動向!コロナ初期~現在までの利用実態を調査

東京オリンピックの延期など、世界的に大きな影響を及ぼしたコロナは、3年の時を経てようやく収束の気配を見せ始めました。 そんな、コロナ禍の生活に適応を見せたのが「動画配信サービス」です。果たしてコロナ収束は動画配信サービスのユーザー数に影響を与えたのでしょうか。本稿では、Amazon Prime Video、Netflix、U-NEXT、Hulu、Disney+の5サービスについて、消費者のアプリ利用動向を調査します。


最新の投稿


2025年大阪・関西万博の認知度は約7割!一方「EXPO2025デジタルウォレット」はまだ存在自体があまり知られていない【フォーイット調査】

2025年大阪・関西万博の認知度は約7割!一方「EXPO2025デジタルウォレット」はまだ存在自体があまり知られていない【フォーイット調査】

株式会社フォーイットは、『2025年日本国際博覧会(2025年大阪・関西万博/EXPO 2025)に関するアンケート』を実施し、結果を公開しました。


スマートニュース、SmartNewsのトップ画面全面に配信可能な縦型静止画広告の提供を開始

スマートニュース、SmartNewsのトップ画面全面に配信可能な縦型静止画広告の提供を開始

スマートニュース株式会社は、ニュースアプリSmartNewsのトップ画面全面に配信可能な縦型静止画広告「Top News Display Ads」の提供を開始したことを発表しました。


博報堂研究デザインセンター、生活者発想技研からメタバース生活者たちと共にメタバースの未来を考える 「メタバース生活者ラボ™」を設立

博報堂研究デザインセンター、生活者発想技研からメタバース生活者たちと共にメタバースの未来を考える 「メタバース生活者ラボ™」を設立

株式会社博報堂は、メタバース空間における新しい生活者価値の創出と、イノベーションを生み出すことを目指し、研究員全員がメタバース生活者当事者によって構成されたコミュニティ型プロジェクト「メタバース生活者ラボ™」を設立したことを発表しました。


【2024年12月2日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

【2024年12月2日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

編集部がピックアップしたマーケティングセミナー・勉強会・イベントを一覧化してお届けします。


SEOの失敗から学んだ教訓、「技術的な最適化の重要性」「キーワード選定の重要性」「コンテンツの質が検索順位に与える影響」が上位に【eclore調査】

SEOの失敗から学んだ教訓、「技術的な最適化の重要性」「キーワード選定の重要性」「コンテンツの質が検索順位に与える影響」が上位に【eclore調査】

株式会社ecloreは同社が運営する「ランクエスト」にて、SEO対策で実際に失敗を経験した担当者に対し、その原因や対策についてアンケートを実施し、結果を公開しました。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ