地政学リスクの緊張により、日本企業の“脱ロシア”に拍車が掛かるか

地政学リスクの緊張により、日本企業の“脱ロシア”に拍車が掛かるか

2022年9月27日、ロシアが実効支配しているウクライナ4州で行われたロシア編入を決める「住民投票」が、各州共に賛成票が圧倒的多数を占める結果で終わりました。そして、9月30日にクレムリンにおいて開催された「併合に関する協定調印式」での、プーチン大統領の西側諸国批判が際立った長いスピーチは記憶に新しいでしょう。強行的な姿勢を崩さない、日本の隣国ロシア。この状況下、ロシアの地で操業している日本企業はどのような影響を受けるのでしょうか。地政学の視点から現状を明確に把握し、ロシアにおける日本企業のあり方を考えます。


「部分的動員」の恐怖から出国に急ぐロシア国民

ロシアによるウクライナ侵攻において、直近ではロシア軍の劣勢が顕著になりつつある中、プーチン大統領は「部分的動員」という手段に打って出ました。「部分的動員」とは、軍事経験などがある男性が兵士として戦場に駆り出されることですが、様々な報道によればその選定はグレーであり、実際には軍事経験のない若者にまで召集令状が届いているケースもあると報道されています。そのような今日、ロシア国内では、反プーチンの声が強まるだけでなく、「部分的動員」に反対し怯える人々によるロシアからの出国が一気に増えています。

欧州国境沿岸警備機関(FRONTEX)によりますと、9月19日から25日のまでの1週間だけで、EU加盟国に移動したロシア人は約6万6000人にも上ったとされています。向かう先は、ロシアに近いエストニアやフィンランドなどへの移動が目立ち、フィンランドには4日間で3万人のロシア人が流入しました。

この「部分的動員」という言葉は前述した通り非常に曖昧な要素を持ち、政治的解釈の変更によって意味がすり替えられ、動員対象が拡大される可能性もあります。それらを懸念して、今後もロシアから出国するロシア人が増えることが予想されます。

国際社会によるロシアへの経済制裁は加速の一途へ

この問題は日本経済にとっても決して他人事ではありません。ロシアのウクライナ侵攻から7か月が経ちますが、それ以降、「欧米・日本」と「ロシア」の間で繰り広げられる制裁の応酬が影響し、ロシアに進出する日本企業の間では操業停止や規模縮小、撤退など“脱ロシア”を見据えた動きが活発化してきています。

制裁という視点で見ると、ウクライナ侵攻以降、欧米や日本など約40か国がロシアへの制裁を強化し続けています。米国は7月、木材や鉄鋼製品などのロシア製品570品目への関税をさらに35%引き上げることを決定し、英国も銀やキャビアなどの高級品の輸入を禁止し、ダイヤモンドなどへの関税率を引き上げることを決定しました。

さらに米国は、ウクライナ東・南部の4州で実施されたロシア編入の是非を問う住民投票は「国連憲章を含む国際法の重大な違反である」として、ロシアへ追加的な経済制裁を科すと警告したほか、EU加盟国のポーランド、アイルランド、リトアニア、エストニア、ラトビアの5か国にも、ロシアからのダイヤモンドの輸入禁止を求める追加的経済制裁の共同提案を発表しました。

日本でも欧米諸国同様に、ロシア外交官の国外追放、高級車や宝石など贅沢品の輸出停止などに踏み切るといった、ロシアに対して厳しい姿勢を貫いています。

厳しい制裁に反撃するロシア。日本には北方領土と資源問題を盾に

一方、厳しくなる制裁によってロシアからの反撃も相次いでいます。欧州にはロシア産エネルギーに依存している国が数多くあります。それを逆手に取り、ロシア政府は9月、ロシアからドイツ経由で欧州各国に天然ガスを送る海底ガスパイプライン「ノルド・ストリーム(NS)」について、「欧米による経済制裁が解除されるまではガスの共有を停止する」と警告しました。また、ロシアの国営会社ガスプロムには、フィンランドやオランダ、ポーランド、ブルガリアなどが、ルーブル(ロシア通貨)での支払いに応じなかったとして、ガスの供給をストップさせました。このようにしてロシア政府はエネルギーを武器に、制裁を実施する欧州諸国を揺さぶっているのです。

ロシアからの反撃は日本に対しても同様に行われています。1998年に締結された日露漁業協定の履行を一方的に停止し、1992年から開始された日本人と北方領土に住むロシア人との相互訪問を可能とする「ビザなし交流」に関する協定を失効させました。それだけではなく、日本が液化天然ガスの約9%を依存する石油天然ガスの開発プロジェクト「サハリン2」の事業主体を、ロシア政府が設立したロシア企業に変更し、すべての資産を新会社に無償で譲渡したのです。これまで「サハリン2」には、三井物産と三菱商事が出資しており、この一方的な決定は簡単に受け入れられる話ではありません。しかし、ロシア新会社への出資継続を断れば、ますます日露関係は冷え込み、ロシア政府が日本の両社に対してさらなる出資を要請するなど、一層の圧力を掛けてくる恐れも考えられます。結果、日本の両社はこの決定に従うほかなく、この問題は、エネルギー不足に悩む日本にとって大きな悩みの種となっています。

プーチン大統領の思想好転を期待するより、今でき得る企業的対策を

このような地政学リスクの緊張もあり、2022年2月以降、日本企業の間では“脱ロシア”の動きが活発化しています。既に欧米企業では、スウェーデンのアパレル大手H&Mを始め、世界的企業であるマクドナルド、スターバックス、アップルなどが相次いで撤退しています。日本企業は欧米企業ほど積極的に撤退を進めているわけではありませんが、最近では現地での操業を一時停止していたトヨタとマツダが継続困難とのことで生産撤退を表明しました。

海外に事業展開する日本企業にとって、撤退や規模縮小、操業停止という手段は経営的側面を考えると当然ながら回避したいものです。ロシア情勢が緊迫化し、操業停止や規模縮小を実施するにしても、コストや労力を考えれば、撤退という決断は下しにくく、現在でもロシアに残っている日本企業も非常に多くあるのが実状です。

しかし、地政学リスクの視点から言えば、プーチン大統領がウクライナから軍を撤退させ、欧米に対して譲歩的な姿勢に出ることは、今現在ではありえないと考えるべきです。様々な視点と分析から、プーチン大統領はこのまま強気の姿勢を堅持し続ける可能性が極めて高いと思われ、今回の「部分的動員」さえも戦略の一部、序章でしかないとも考えられます。そして、このままロシアを巡る大国間対立がエスカレートすれば、欧米や日本はロシアに対してさらなる制裁措置に打って出る必要性が一層高まることになり、現地で活動する日本企業にとっての環境が悪化することは間違いありません。

このような地政学的背景から、ロシア情勢の緊張が長期化すればするほど、日本企業の“脱ロシア”が進むことになると言えるのです。

この記事のライター

国際的な経済や金融、政治などの分野を専門にし、メディアで執筆活動を行ったり、現地調査のため様々な国に赴く。

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