「地政学」から振り返る、2022年ウクライナ軍事侵攻による日本企業への影響

「地政学」から振り返る、2022年ウクライナ軍事侵攻による日本企業への影響

全世界を震撼させた2022年2月のロシアによるウクライナ軍事侵攻。2022年が終わろうとしている今も、その戦況は日々変化し、目の離せない状況が続いています。このような事態を背景に、ロシアにおける経済活動を行なっている日本企業の方向性、そしてグローバルにも影響している様々な問題について、大学研究者としてだけでなく、セキュリティコンサルティング会社アドバイザーとして地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が、2022年の総括を含め解説します。


ロシアによる衝撃的なウクライナ軍事侵攻。その思惑と逸れゆく戦況

2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始するという、国際政治的に非常に大きな出来事が勃発しました。以降、ロシアを巡る情勢は厳しさを増しました。たとえば、それまで外交・安全保障政策の主軸を中国に置いてきたバイデン政権を中心に、欧米諸国は一斉にロシアに対して厳しい姿勢を貫くようになり、ロシアへの制裁を拡大させるだけでなく、ウクライナへの軍事支援を強化するようになったのです。

侵攻当初、プーチン大統領は短期間のうちに首都キーウを掌握し、ゼレンスキー政権を退陣に追い込み、親ロシア的な傀儡(かいらい)政権を樹立できると考えていました。しかし、戦況が長期化するにつれロシア軍の劣勢が顕著になり、その野望は今や夢物語と化しています。

侵攻から半年が経過して以降、プーチン大統領は一部のロシア国民を強制的に戦場へ送る部分的動員令を発令し、ウクライナ東部南部4州の一方的併合を宣言したことから、それまでロシアに対する非難や制裁を避けてきた中国やインドまでもがロシアに苦言を呈するようになりました。それに加え、プーチンが自らの勢力圏と位置付ける旧ソ連圏諸国からもプーチン批判が聞こえるようになっていきました。

たとえば、2022年11月、プーチン大統領と会談したカザフスタンのトカエフ大統領は、国交樹立30周年を記念する共同宣言に署名した一方、両国関係の一層の協力強化を記すところで、ロシアとカザフスタンは既に主従関係にないことをあえて明記しました。その際、トカエフ大統領は「ロシアによるウクライナ東部南部4州の併合は認められない」と明確に非難し、「ウクライナ問題は対話によって解決すべき」との意思も示しました。

最近のロシア攻撃は、ウクライナの軍事施設とは関係のないインフラ施設(電力発電所など)、民間施設を意図的に襲撃し、ウクライナを経済的にも社会的にも混乱させようと目論んでおり、これらは既にテロ行為とも呼べるものです。そしてその行為自体が、ロシア劣勢の証左であると言えるでしょう。

軍事侵攻の波紋は、ロシア国内における海外企業にも大きく

ウクライナ侵攻は、ロシアに進出する外国企業に大きな影響を与えることにもなりました。欧米とロシアとの対立が先鋭化して以降、ケンタッキーフライドチキンやマクドナルド、アップルやスターバックス、スウェーデンのアパレル大手H&Mなど、世界的な欧米企業が相次いでロシアからの撤退を表明しました。

日本企業の間でも混乱が広がりました。ロシアによるウクライナ侵攻から1ヶ月が経過した2022年3月末にJETROが発表した企業統計(ロシアに進出する企業211社のうち回答した97社が対象)によると、今後、半年から1年後の見通しとして、「ロシアから撤退する」と回答した企業が6%に上り、「縮小する」が38%、「分からない」が29%、「現状維持のまま」が25%、「拡大する」が2%と半数近くの企業が脱ロシアの動きを示しました。JETROはウクライナ侵攻以前にも同様の調査を実施しましたが、その際の結果には「縮小」が17%だった結果を鑑みると、軍事侵攻によって日本企業の脱ロシアが一気に進んだと言えます。
また、2022年9月にJETROは、日系企業駐在員のロシアからの退避状況に関する統計(回答企業は107社)を公表し、同年8月末時点で「全員残留」と回答した企業が23社(21.5%)だった一方、「全員退避」と回答した企業が65社(60.7%)とあり、駐在員の退避も進んでいることが分かりました。
この例に漏れず、プーチン大統領が部分的動員やウクライナ4州の一方的併合を発表したことで混乱はさらに深刻化したことから、大手自動車メーカーのトヨタ、マツダ、日産は相次いでロシア市場から撤退することを明らかにしました。

長期化する軍事侵攻の飛び火は、予想を超え全世界へ

前述のような影響はロシアに進出する企業だけに留まりません。ロシアとそれほど関係がない企業や国際社会自体も大きな影響を受ける事態となりました。大きな影響の一つとして、ロシアによるウクライナ侵攻は食糧や天然ガスの輸出入にも妨げを発生させ、世界的な物価高に拍車を掛けていることが挙げられます。それらにより、各国で物価高に抗議するデモや暴動が発生し、死傷者が出る事態となりました。
たとえば、南米のペルーでは小麦価格が急騰し、これに耐えかねた市民による抗議デモが全土に拡大。飲食店が放火されたり商店が略奪行為にあったりと混乱が生じ、公共交通機関も一時ストップする事態に陥り、ペルー政府は非常事態宣言を発令しました。このような治安機関とデモ隊の衝突はイラクやスリランカなど他の国でも見られました。さらには韓国でも、石油価格上昇によって運送業界を中心に賃上げを求める大規模なストライキが発生、英国やベルギーなど欧州でも物価高に抗議する抗議デモや大規模ストライキが見られました。

終わりの見えない戦況。派生した世界的混乱はいつまで続くのか

さまざまな影響により世界経済が混乱するなか、帝国データバンクが2022年4月に発表した企業調査結果(全国2万4561社対象で有効回答が1万1765社)によると、ウクライナ情勢について、「既にマイナスの影響がある」と回答した企業が全体の21.9%を占め、同様に「今後マイナスの影響がある」が28.3%、「影響はない」が28.1%、「分からない」が20.7%、「プラスの影響がある」が0.9%と、全体の半数近くでマイナスの影響が出ていることが分かりました。
これらのことから、ウクライナ侵攻はグローバルなレベルで企業活動に影響を与える事態となったことがおわかりかと思います。

今後ロシアがどう出てくるかは全く読めません。しかし、すぐにウクライナから軍を撤退させ、プーチン大統領が欧米との対話に路線に舵を切る選択をするとは考えられません。たとえそのような方向に舵を切ることがあっても、それは中長期的スパンでの話です。
現在の混沌とした情勢は来年の2023年にも持ち越されることになり、ロシアから撤退する日本企業の数は増加の一途となることも予想されます。引き続き「地政学」目線で、日本企業をはじめ国際社会の動向に注視していくことが必要となるでしょう。

この記事のライター

オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学講師(非常勤)

岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会主任研究員、言論NPO地球規模課題10分野評価委員などを兼務、専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。詳しい研究プロフィルはこちら→ https://researchmap.jp/daiju0415

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