地方の観光マーケティングの現場でいま起きていること
2020年に開催予定だった東京オリンピックを見据え、インバウンド需要の増加を見込んでいた観光業界。しかし目下の世界的な新型コロナウイルスの流行により、観光需要は過去最大規模の減少となっています。
この未曾有の事態の中、国内各地で観光客誘致のためのマーケティングに取り組む自治体、企業では、今後何をすべきなのでしょうか。
「現状ではコロナ禍に対応する緊急対策、短期的視点の取組も必要だが、需要回復後を見越した長期的な視野も併せ持つことが重要だ」。そう語るのは、これまで各地の観光マーケティングを支援してきた村木智裕さんです。
本記事では、広域連携での観光資源づくりを主導する機関であるDMO(Destination Management Organization)の先駆者的存在、「せとうちDMO」でマーケティング責任者も務める、株式会社Intheory代表の村木智裕さんと、インターパブリックグループ(IPG)のグローバルメディアグループであるメディアブランズの伊東裕揮さん、株式会社ヴァリューズ執行役員の子安亜紀子の三者で行われたオンライン対談の内容をレポートします。三者はそれぞれ観光地域づくり、マーケティング戦略設計、データ分析&マーケコンサルの分野で協業し、観光の地域マーケティングのプロジェクトを進めてきました。
対談ではウィズコロナの状況でこれから観光マーケティングがなすべきこととは何か、観光のインバウンドマーケティングにおいて重要視すべき考え方や成功事例などが語られました。各自治体で観光に携わる方々だけではなく、企業でマーケティングに携わる方も必見の内容です。
(この対談は2020年5月26日にオンラインで行われました。)
コロナ禍中でも長期的視点で取り組むべき理由
子安亜紀子(以下、子安):早速ですが村木さん、日本各地でインバウンド観光のマーケティングに携わる方々は、コロナ禍中でいまどのような状況なのでしょうか。
村木智裕さん(以下、村木):まずコロナ禍以前は、東京オリンピックに向けた海外からのインバウンド需要を取り込む施策として何をするかが、国内各地域の最大の関心事でした。ところがご存知の通り、2月以降はコロナの影響でインバウンドどころではなくなっています。
むしろ現在はインバウンド観光需要に頼るなという話も出てきていて、地方の企業がいかに生き残っていくかが最重要事項。地域の飲食系の事業者のビジネスチャンスをゼロにしないためのデリバリーサービスの拡充、あるいは地域物産をマーケティングの力も使ってECで販売、といった取り組みをしています。
このような状況は海外の旅行業界でも同じです。ただ、海外とのやりとりでよく聞く言葉はレジリエンス、つまり「困難にしなやかに立ち向かう力」を高めていくべきだ、ということなんです。
オンライン対談の様子。上:ヴァリューズ執行役員・子安亜紀子(こやす・あきこ)、左下:株式会社Intheory代表取締役・村木智裕(むらき・ともひろ)さん、右下:メディアブランズ・伊東裕揮(いとう・ひろき)さん
村木:Googleのアンケートサービス「Google Consumer Surveys」を使ったアンケートで、いつから海外旅行に行っても良いと思うかという質問がありました。それに対する日本人の回答では早い人でも1年後でしたが、海外では早ければ半年後と答えた人も多くいたのです。
では、旅行ムードが回復したときに旅行者はどこに行くのか。オリンピック開催は1年延びましたが、依然デスティネーションとしての人気は高く、今後もその傾向は変わらないでしょう。しかし、過密都市には行きたくないと思う人も出てくると思います。つまり、日本国内の観光としては東京や大阪、京都といった大都市を避ける動きも出てくる。このため、日本の地方にデスティネーションとして関心が高まるだろうと考えられます。
そこで現在では、いまを乗り切るための施策に加えて、回復するであろう半年〜1年後の需要を見越し、受け入れ体制を整えておくための動きも進めています。
子安:4月ごろメールでご連絡したときはなかなかお忙しいとおっしゃっていましたが、そういうことだったんですね。いまを乗り切る施策を行いながら、長期視点も持って動き続けていけるかが重要だ、と。オリンピックに向けて多くの地方自治体さんが体制を整えてきたところだったので、それを止めずにやり続けることが将来の実りにつながると思います。
村木:まさにその通りです。そもそも地方がインバウンドに取り組み始めてまだまだ2,3年のレベル。そんな中では、都市や有名観光地ではない地域の場合、成果が出ることは少ないんですね。
もともと数年後の成果を期待していてマーケティング活動を進めていたので、いま需要がストップしているとしても変わらず活動は続けていくべきです。もちろん現状のリソースとの兼ね合いもあり、配分の問題でやるべきかどうかの議論は必要ですが、基本方針はインバウンド施策を続けることだと思いますね。
香川県でインバウンド訪問客が4倍に増えた事例
子安:先ほど、地方がインバウンドに取り組み始めてまだ数年しか経っていないところが大半だというお話しがありましたが、そんな中でも成果が出ている事例はあるのでしょうか?
村木:まず前提として、インバウンドマーケティングによって観光来訪者数が増えるまでには一定の時間がかかります。海外ではDMOの専門組織で認知・集客を成功させた地域がありますが、いずれもプロジェクトは10年単位。10年やってきてようやく世界の成功事例として認められる、という具合です。そして国内ではそのような地域は少ないです。東京や京都には多くの観光客が訪れていますが、それはもともと認知されていたからとも言えます。
そんな中で、私が7年間と比較的長く関わってきたのが「せとうちDMO」です。そして近年、香川県で目に見えて訪問客の数字が上がってきています。
せとうちDMOでは2019年の「瀬戸内国際芸術祭」を集客フックにすべきだとして、欧米4カ国をターゲットにパブリックリレーションを軸に動画広告などのデジタルプロモーションを組み合わせたマーケティングを行いました。実施以前の2013年と2016年の国際芸術祭では、この4カ国からの宿泊者数はいずれも1万人程度を推移していたんですね。しかし2019年には宿泊者数が4万人を超え、約4倍に増えました。
マーケティング上のKPIとしていた海外メディアへの掲載回数や、オンラインの出稿数は増えていたので、露出を増やして認知を獲得した結果が出たと捉えています。
瀬戸内国際芸術祭の英語版ランディングページ。デジタルプロモーションを行い、誘導先ページでより詳細な情報を届ける設計
村木:ただ、現場の行政サイドからは、本当にメディア掲載の効果で来訪者が来たのかと問われることも多いです。確かに、広告を見た人のうちどれくらいが来訪したか、は正確に計測できていません。マーケティングファネルの考え方がまだまだ理解されていない現実を感じる事例でもありました。
そこで、実際の来訪につながったかどうかを測るために八戸圏域のDMO「VISITはちのへ」で取り組んでみた事例があります。これは、八戸の観光地やレストランなどに「広告を見て来た人はシールを貼ってください」とボードを設置する試みでした。訪問の検証としてシールというアナログなツールを使ったのです。
結果、観光客の方はボードにちゃんとシールを貼ってくれたんですね。そしてデジタル広告が実際の来訪につながったと把握でき、行政サイドのデジタル広告に対する心理的ハードルが下がりました。
「VISITはちのへ」ホームページ。「イサバのカッチャ(魚売りのお母さん)と朝食を」をキャッチコピーにした広告を打ち、それを見た来訪者をシールで可視化したという
子安:ユニークで面白い取り組みですね…!広告を見た人がゴールまでたどり着いたかを知るためには、デジタルで完結する必要はない。目的を重要視した柔軟な発想のたまものだと感じます。
では、ここで伊東さんにお聞きしたいのですが、伊東さんはメディアブランズにて、民間企業も行政も含めて数々のマーケティング戦略策定を担ってこられたと思います。そこで、行政主体の地域マーケティングと企業におけるマーケティングの違い、または共通点についてどのように捉えていますか?
伊東裕揮さん(以下、伊東):プロモーションの効果を測定する、そのための有効な方法を確立する、というのは、行政であろうと民間企業であろうと、マーケティングではある意味永遠のテーマですね。何らかの因果関係を探し成功例の再現性を高めるために、各企業が継続的に取り組んでいるのが実情かと思います。デジタルマーケティングは、従来型のマーケティング手法に比べれば様々な結果をデータとして残せるとは言うものの、よほどオンラインだけで完結するビジネスでもない限り、はっきりと因果関係が見える瞬間は意外と少ないのが実情でしょう。
また、短期的投資と長期的投資の両方の視点が必要、という話に関しても同様で、企業はもちろん四半期決算開示というなかでで株主にビジネスの成果を見せなくてはならない一方で、どんなビジネスでも必ず中長期的な目線を持っているはずです。企業でも行政でも、短期と長期の視点の両方を持たなければならないことは共通点として言えると思います。
村木:私はもともと行政の出身なのですが、現場を見てきた限り「投資して回収」というビジネスの考え方はなかなか浸透が難しいのが現状です。行政は単年度の予算主義が中心で、1年で事業を実施して成果を出さなければいけないと思い込んでいる面もあります。
例えば道路を作るといった公共事業では極めて長期の計画で実施しています。その建設費用は借金でまかない、その後30年かけて償還していく。つまり道路の建設という投資の回収はその後30年かけて行っていくということです。慣れてない分野では短期的視野になってしまいますが、マーケティングの世界も一緒だと考えても良いと思います。
子安:やはり繰り返し、短期と長期の2つの視点の話に戻ってきますね。そしてこのテーマに関しては、企業でも行政でも共に重要だという指摘がありました。そう考えると、ビジネスにおけるマーケティングの成功例をうまく行政でも取り込んでいくとよいのかもしれません。
伊東:そうですね。逆に言えば、両者とも落とし穴についても同様のことが言えるかもしれません。例えば、プロモーションの効果検証において、目先の数字に惑わされて正しい因果関係を導き出せない、あるいは企業でも意外と単年度のビジネス成果を上げることに躍起になりすぎて、長期的視野を持てていないところも少なくない気がします。
漫然とデータを見るだけで戦略は作れない
子安:マーケティングにおいては近年、データ活用が中心的なトピックとなっています。そこで、村木さんがインバウンド観光の地域マーケティングにおいて重視されているデータ活用とはどのようなものでしょうか。
村木:この問いについては答える機会が多く、考えてきたことがあります。まず自治体の方が「デジタルマーケティング」と聞くと、「インターネットで調査すること」と考えてしまう場合が多いです。これはデジタル=インターネットで、マーケティング=マーケティング・リサーチのこと、と考えがちだからですね。
また、多くの場合、行政が考える「データ」は統計データのことです。つまりターゲットとする市場のデータや、訪問した観光客の行動データなどです。そして「データ活用」となった場合、これらの統計データを持ち出してターゲットの価値観や行動を議論し、そこから「戦略」を作ろうと考えています。
ただ、ここには飛躍があります。戦略はマーケティングのセオリーやフレームワークで考えるものであって、データをばくっと見てから考えるものではないんですね。そこの前提が噛み合わない場合が多いと感じています。
もちろん統計データを使う局面もありますが、もっとも重要なデータは、戦略を立てて実行した結果を検証するデータです。これを精緻に取って成果を測り、より精度の高い仮説を立てるための改善に使う。するとより効果的にPDCAを回せるようになり、成果が出やすいと思います。
村木さんは観光の地域マーケティングのフレームワークとして「Dream(認知して行きたいと思う)」→「Consider(旅行を検討する)」→「Activate(予約する)」→「Travel(旅する)」→「Share(SNSなどでシェア)」という「DCATS」モデルを提唱している
伊東:村木さんのおっしゃる通りだと私も思います。私自身、常々、自社のチームに対して言っているのは、「仮説を立てずにデータを見るな」ということです。村木さんのおっしゃる「戦略」と、私の「仮説」はほぼイコールのことを指していると思います。
デジタル技術を使えばたくさんのデータが取れます。その反面、データを取れすぎるがゆえに大量のデータに惑わされてしまうということもある。そうならないためには、先に仮説を立てておくことがもっとも大事です。そしてデータを検証し、ビジネスで言えば売上を伸ばすために、また今回の地域マーケティングでは観光客に来訪してもらうために、より良い仮説を立てて、それをブラッシュアップしていくことが大切だと思いますね。
子安:村木さん、伊東さんとご一緒するプロジェクトでは、常に立てた戦略・仮説を基にデータを見る意識が徹底されているな、と感じます。以前ご一緒した地方自治体のプロジェクトでも、まず始めに「こんな訴求をしたら旅行者はこの街に旅行してみたいと思えるんじゃないか」という仮説がありました。
そしてそれを基に、ヴァリューズによる消費者の意識や行動を知るためのマーケティングリサーチでカスタマージャーニー理解を深め、戦略・仮説をより確かなものにしていく。このようにデータと仮説の両方を行き来してPDCAを回し、施策の精度を高めていくことが、観光マーケティングだけでなくマーケティング全般にも共通する本質的な手法だと思います。
村木:まさにその通りです。方向性が見えない中では、まず立てた仮説を信じて進む必要がありますが、とはいえ根拠がなければなかなか現場全体を巻き込んでいくことはできません。仮説を実行→データで検証→次の仮説を実行、というフレームワークを設定することで、データで根拠づけを行いながら現場を巻き込んでプロジェクトが進められると思いますね。
コロナは「必ず出口のあるトンネル」
子安:では最後に、お二人から地方の観光マーケティングに携わる方々に向けたメッセージをお願いできればと思います。
村木:コロナ禍がいつ収束するのか先が見えない中ですが、希望を忘れると前向きに考えられなくなります。現場の方々とお会いすると、いまできることが見えず固まってしまい、雰囲気が暗くなっているところもありました。
しかし逆に、こういうときこそチャンスだと思えるかどうかが大事だと思います。そして、可能性を探ることをやめないこと。方法を諦めずに探していくことが道を作るはずです。
伊東:コロナの問題でひとつはっきり言えるのは、時期は見えないが必ず終わりがあるということです。これは原因がはっきりしている不況。だからいつか絶対終わる、出口のあるトンネルなんです。これが重要なことですね。
もうひとつ、私が地域マーケティングに関わらせていただいて実感しているのは、独自の魅力はどんな地域にも必ずあるということです。それをしっかり探して見つけ、事業をやりきれば必ずチャンスはある。だから今後も諦めず、長期的視点で手を打っていくことが重要だと思います。
子安:力強いお言葉です。今後も引き続き、お二方と共に地域マーケティングのプロジェクトを通じて地方創生を共に盛り上げていければと思います。本日はとても濃密なお話をありがとうございました!
取材協力:株式会社intheory,メディアブランズ
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マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。